僕の奥さんのお友達にSさんという女性がいる。
Sさんは、僕の奥さんより少し年上にあたる。なかなかの美人で、それでいて、ちょっとのんびりとした性格の人だ。



Sさんには、思いもかけない才能がある。
ちょっと見かけからは想像できないのだが、その才能というのは、小さな動物を飼育する、ということである。


飼育するといっても、ただ飼うだけではない。
その動物に「芸」をしこむのである。


Sさんに飼われた動物は、Sさんの出す指示通りに動き、Sさんの言うことは何でもきく。

…と書くと、まあ嘘になるが、普通はあまり「芸」を覚えない種類の動物を相手にして、Sさんは根気よく「芸」をしこむのである。


もっとも、Sさんが暗い部屋でひとり、動物を相手に一生懸命「芸」をしこんでいる姿を想像すると、ちょっと笑ってしまうのだが…



昔、僕の奥さんがSさんの家に遊びにいった時、Sさんはハムスターを飼っていた。
Sさんは、僕の奥さんの見ている目の前で、ハムスターの「芸」を披露してみせた。


ハムスターは、Sさんが次々と出す指示の通り、その場でくるくると回って見せたそうだ。


僕の奥さんは、驚愕のあまり、口をぽかんと開けたまま見ていた。
そして、「これは才能だわ…」と思ったという。

そのハムスターは、今はもうこの世にはなく、Sさんの手でどこかの公園の花壇に手厚く葬られたそうだが…




さて、最愛のハムスターを失ったSさんは、ステップアップして今度はリスを飼うことに決めた。

リスならハムスターより少し頭が良さそうだから、(…ん?同じようなものか?)当然Sさんも期待に胸を躍らせたことだろう。

リスならもっと複雑な「芸」の習得も可能かもしれない。

(僕には、どちらもおりの中でくるくる回っているだけにしか見えないのだが。)



多分Sさんは毎日血の出るような特訓を続けたはずだ、と僕は想像している。

リスを相手に、星一徹親子のような特訓の日々、それが3ヶ月続いた。

やがてリスは、Sさんのかけがいの無いパートナーとなっていった。

リスとの一体感、僕にはわからない世界だが、きっとSさんは充実した毎日を送れたはずである。



もうこうなると、Sさんは片時もリスと離れたくなかったらしい。
そこでSさんは、リスを散歩に連れて行く事にした。


別にリスを散歩に連れて行く、と言っても驚く程のことではない。

僕の家のそばには、毎晩イタチを連れて歩いているおばさんがいるし、これは知人から聞いた話だが、彼の親友の親父さんは、昔、渋谷で豹を2頭飼っていて、時折その2頭に首輪を付けて、渋谷の街を闊歩したそうである。

したがって、Sさんがリスに首輪を付けて散歩しようが、たいしたことではないのだ。
豹から比べるとかわいいものである。

Sさんは、早速小さな首輪を購入、自慢のリスを連れて、颯爽と街に出かけて行った。
その前をひもで結ばれたリスが小走りに歩く。

まるで「風の谷のナウシカ」に出てきた、ナウシカの横をちょこちょこと歩くキツネリスのように。

誇らしげなSさんの姿が目に浮かぶ。



当時Sさんは世田谷に住んでいた。
散歩のコースは、世田谷の閑静な住宅街を通り、やがて緑の多い公園の方へと向かう。


ところが、木々の多い緑の公園にさしかかった時、愛するリスは、想像を絶する行動に出た。









リスは、あろうことか、住みやすそうな公園の環境を見るや、首輪をあっさりと脱ぎ捨て、Sさんを一瞥し、「あばよ、ばあか」とでも言いたげな表情を残し、一目散に逃走してしまったのである!






突然の裏切り行為に、驚いたSさんが「あらあら」なんて対処できないでいるうちに、リスはとっとと緑の中に消えて行ってしまった。

そう、リスは最初からこのチャンスが訪れるのを待っていたのである。



後にひとり残されてしまったSさんは、ただ呆然と立ち尽していた。


もちろん、その日以降、逃走したリスとは二度と会うことはなかった


あれほど信頼を置いていた最愛のパートナーのリスはもういない。
この3ヶ月間は、一体何だったのであろうか。





この時になってやっと、Sさんはある事に気付いたという。












つまり、「リスには首が無かったのだ」ということに。







THE STORIES
メニュー画面へ

Sさんのリス
THE STORIES
メニュー画面へ