2004年 10月24日(日)
鴨川シーワールド

Mrs.COLKIDが友達と鴨川シーワールドに行ってきました。
イクシ・デジタルを渡したら何枚か写真を撮ってきました。
一番苦労して撮ったのがこの写真だそうで、シャッターチャンスを捕らえるのが大変だったそうです(笑)

実はウチは夫婦で着ぐるみが大好きなんです(笑)

2004年 10月23日(土)
コラテラル

新潟県を中心に大きな地震がありました。
被害を受けた方々にお見舞い申し上げます。

今日はMrs.COLKIDは友人と旅行に出かけてしまって僕ひとりです。
ここしばらく地震雲らしき雲がたくさん出ていましたし、カラスも盛んに騒いでいたので、インターネットの地震サイトは賑やかでした。
やっぱり地震の前触れの自然現象ってあるんでしょうね。
そのため今朝も出発前のMrs.COLKIDに「もし地震が起きたら、他の人のことは放っておいて、とにかく高台に逃げるように」と言ったばかりでした。
旅行先が海のそばだったのですが、とりあえずは大した事なかったようです。

で、今日は映画でも見に行こうかと思っていたのですが、電車に乗ろうとしたら地震でダイヤが滅茶苦茶になっていました。
やっと電車がホームに入ってきたところで、また地震が起きて揺れたために、電車がその場でストップしてしまいました。
これは時間的にもう無理かと思ったのですが、ギリギリで上映開始に間に合いました。
その後、上映中も何度か余震があって、画面がユラユラと揺れました。

映画はトム・クルーズ主演の「コラテラル」です。
たまたま今日の夜、先行ロードショーが行われるという記事が目に留まったので、ひとりで行ってきました。


この映画ははっきり言って「当り」でした。
いやー、面白かったです。
久々に見ていてワクワクさせられる、とてもいい作品でした。
シナリオが抜群に良くて、伏線が見事に生きています。

ちょうど70年代のハードボイルドアクションのような、僕が育った時代の映画を彷彿とさせるような作品でした。
最近の作品のような「完成度の高いなめらかで洗練された演出」とは違う、どこかゴツゴツとした荒っぽい感触、全編がエネルギーに溢れています。
都会的な美しい映像が多いにもかかわらず、そういう人間的な香りがぷんぷんするんです。
しかもシナリオが相当優れていて、セリフまわしも抜群に上手いので、見ている方はドキドキワクワクして、どんどんストーリーにひきこまれていきます。

マイケル・マン監督が体質的にあの時代の作品特有のリズムを持っているのでしょうね。
それからトム・クルーズも我々と同年代ですから、あの頃の作品で育っているのかもしれません。
僕はマイケル・マン監督の「ヒート」は失敗作だと思うのですが、この作品はたいへん見事にバランスが取れているように感じました。

トム・クルーズは来日して始球式までして、映画の宣伝にがんばっていましたね。
たしかに彼の殺し屋は熱演でしたが、それよりも作品の持つエネルギーとリズムが非常に優れていたので、大スターもそのためのパーツのひとつに過ぎなかったような感じです。
ただ、そのことをクルーズ自身が十分に承知していて、その上で演技することを楽しんでいるように見えました。
ラストシーンの演技も抜群で、何ともいえない余韻が残りました。

ジェイミー・フォックスが演ずるタクシードライバー(本当はこっちが主人公?)の、だんだんと変化していく役柄の演技も良くて、トム・クルーズに負けていませんでした。
俳優陣は全般にとても優れていましたね。

僕はこの作品をたいへん気に入りました。
今日はひとりで見に行ったので、Mrs.COLKIDの評価はありませんが、もし見たらどういう感想を持つでしょう?

2004年 10月22日(金)
ストロボ

日記の更新が滞るかもしれない、なんて書いておいて、連日更新します(笑)

先月新しいレンズを買いました。
17-55mmF2.8のデジタル専用ズームです。
このレンズ、描写力はすこぶる良いのですが、ひとつ問題点があります。

レンズのボディがでかすぎて、D70やD100のような廉価版ボディの内蔵スピードライトを光らすと、広角側でレンズの影がもろに写ってしまうんです。
ライトの位置がボディに近すぎるんですね。
ま、それは最初からわかっていたんですが・・・

下の写真を見てください。
でかいレンズでしょう?(笑)
これなら確かに内蔵ライトをポップアップすると影が出てしまいますね。
(写真は外付けスピードライトが乗った状態です)

その上ご推察の通り、このレンズ凄く重たいんです(笑)
その分明るいから仕方ないのですが、これが僕の今の標準レンズです。



最近の雑誌のインタビュー記事なんかで、室内で撮ったポートレートを見ると、人物の顔がとても自然に写っているでしょう?
あれはデジカメになって1枚ごとに感度を自由に変えられるので、ストロボを焚く必要がなくなったからなんです。
背景の壁に影がでないし、色もどぎつくならなくて、顔に立体感が出て、それで自然に見えるんですね。

僕もストロボを焚かない写真の方が好きなので、デジタル一眼レフを買ったら、感度を上げれば内蔵のスピードライト程度で十分だなって思っていました。
ところが仕事やHPの取材で、どうしてもストロボを焚く機会が増えてきて、そうしたら前述のように広角にするとレンズの影が写りこんでしまい、どうにも具合が悪い。
その点、外付けのスピードライトを利用すれば、発光の位置が高くなるので大丈夫だろうと思って、早速使ってみることにしました。

僕ニコンのスピードライトってたくさん持っているんですよ。
F4とかF5とか、ボディの新しいのを買うたびにいっしょに最新型を買っていたんですね。
だから家にゴロゴロあるんです。

そのうちの比較的新しいやつをD100に付けてみました。
そうしたら・・・・ぜんぜん動かない!
えっ?何で??
まるで連動しない。
かろうじてマニュアルでは光るのですが、画角の連動はもちろんTTLさえ出来ない。
だいいちシャッターを切ってもマニュアル以外のモードでは光らないんですよ。

カタログを読んでみたら、何と、デジタル時代になったら銀塩時代のスピードライトは大方使えないんですね(汗)
焦点距離と画角の関係が変わったからでしょうか?
他にも理由があるのかな?
いずれにしても手持ちのストロボはすべて無用の長物になってしまいました。

仕方なくSB-800というデジタル専用のスピードライトを買ってきました。
それを取り付けたのが上の写真です。(キャノンのバカチョンで撮りました)
でも何か納得できません(笑)



一方こちらの写真は動かないスピードライトの群です。
実は他にもまだいくつか持っているんです(汗)
何に使えばいいんでしょう・・・

とにかくD70やD100のユーザーは注意が必要ですね。
僕は18-35 F3.5-4.5のEDレンズも持っているのですが、このレンズも目いっぱい広角にすると影が写ってしまいます。


2004年 10月21日(木)
手拭い

今、新しいページをふたつ作っています。

ひとつは英国人旅行家イザベラ・バード女史が、明治初期に日本を旅行した際、宿泊した家の話です。
もうひとつは北海道で大正時代に起きた羆による獣害事件の話。
それぞれの資料で机の上はいっぱいになっています(笑)

というわけで日記の更新が少し滞るかもしれません。


NHKの大河ドラマ「新撰組!」を毎週夫婦で楽しんで見ています。
今風に軽く作ってあるので、いろいろ批判もあるとは思いますが、僕にはかえってその軽さが新鮮に映るのです。
若者の集まりには、ああいう一面もあったのではないかと思い、そういう意味でのリアリティを感じています。

あの番組を見ていると、現代と一番違うところは、いわゆる「命の重み」ではないかと思います。
けっこう簡単に切腹するでしょう?
それも人の家の庭で(笑)
あれ後始末が大変だと思いますよ。
切腹を命じられる方も最後はじたばたせずに死んでいく。
皆、サムライである以上、切腹する覚悟は出来ていたんですね。

僕の母方の家は武家だったので、あの時代のエピソードがいくつか残っています。
母の祖母にあたる人は、丁度あの新撰組の時代の人なのですが、母が子供の頃は、その人がまだ家にいました。

小学生だった叔父(母の兄)の学校の友達が家に遊びに来て、玄関で「○○君、あーそぼー」と言うと、家の奥から
「どおおれええい!」
って言いながらそのおばあさんが出てくるので、恥ずかしくて仕方なかったそうです(笑)

で、その家ではお風呂から上がる時に、手拭いを「バン!」て音をさせて振るのが禁止されていました。
水を切った手拭いを両手で持って、しわを伸ばすために思いきり振ると、「バン!」とか「ボン!」とかって大きな音がするでしょう?
あれをやってはいけなかったんです。

なぜでしょう?

実はそのおばあさんの若い頃は、あの「新撰組!」のように時折切腹が行われていたんです。
さすがに日常茶飯事ではなかったようですが、それでもおばあさんは何度か目撃したようです。
また、四谷の木戸のところで、職務質問をされて逃げようとした不審人物に役人が切りつけ、目の前で首が飛んで転がっていった時のことなどもよく話してくれたそうです。

それがなぜ手拭いと関係あるのかというと、切腹した人を介錯して、首を切り落とす時の音が、まさにあの「バン!」という音なのだそうです。
だから手拭いを「バン!」とやると、おばあさんがすごく嫌な顔をした。
それで家では禁止になったのだそうです。

禁止になっているから、どういう音がするのか僕にもよくわからなくて、会社でパートの女性に頼んで、濡らした手拭いを思い切り振ってもらいました。
はー、こういう音なのかと感心していると、その女性が理由を聞きたがるので、詳しく教えてあげたのですが、そうしたら僕もすごく嫌な顔をされました(笑)

皆さんもお風呂に入る時は手拭いを持って入って、試してみてください。
僕は禁止されているので出来ませんけど・・・(笑)

2004年 10月11日(月)
L.L.Bean

台風一過なのに予想が外れて晴れませんね。
今日は午前中は家でゆっくり音楽を聞いていました。
午後になって思い立って吉祥寺にあるL.L.Beanのお店に出かけました。
Mrs.COLKIDにコートを買ってもらう約束になっていたのです。

僕は結婚前はお金があったので、アメリカ・メイン州のL.L.Beanから年中ものを取り寄せていました。
その量たるやすごいものでしたよ。
毎月大きな箱が届くんですから。

外国から通販で買う人がまだほとんどいない時代だったので、面白くて仕方がなかったんですね。
あと円が高かったので、すごく安く感じられたのです。1ドル100円くらいでしたからね。

ところが今は先方にシステムが確立されて、日本人が購入する場合の定価も決まってしまったので、個人が勝手にあちらから取り寄せることが出来なくなってしまいました。
それに為替レートも正常に戻ってしまったので、割安感はなくなってしまい、今では当時の1.5倍くらいの価格に感じられます。

そうなると当時ほどの魅力はなくなるわけですが、それでも生まれつきオシャレ気のない僕には、高級なブランドものよりL.L.Beanくらいが丁度いいんです。
L.L.Beanはアウトドア主体の実用的な製品が多いので、悪く言うとちょっと田舎臭いんですね(笑)



L.L.Beanのお店ってあまり多くなくて、東京では吉祥寺まで行かなければならないんです。
家は東京の東側なので、吉祥寺に行くのは結構大変です。
別にお店まで行かなくても通販で買えるのですが、実物を手にとって見てみようと思い出かけました。

行ってしばらくお客さんをウォッチングしてしていたのですが、なかなか面白かったです。
全員見事にある共通の雰囲気を持っていますね。
だいたいこんな感じです。

知的で生活水準は高め。でもブランド物みたいなケバいのは嫌い。生活に余裕があるので一見のんびりしてみえる。休みの服装はラフなカッコウをしている。都会派だが余暇はアウトドアを楽しむので車はRV系が多い。ゴールデンレトリバーかなにか犬を飼っている。子供はちゃんとした作りのベビーカーに乗せている・・・

いや、失礼。僕の勝手な想像です(笑)
でも皆がこの雰囲気でまとまってしまうのが、日本人らしいところではありますね。
ウチの奥さんはどちらかというと常にカチッとした格好を維持する方なので、ここでは浮いて見えました。

僕はサドル色のコートを買ってもらいました。
今年の冬はこれで越す予定です。

2004年 10月10日(日)
震度7

日本橋の三越の新館が明日オープンです。
オープンを前に一部のお客さんに公開するという事で、今日行ってきました。
Mrs.COLKIDは昨日と今日の2日連続で行きました。

昨日は特別なお客さんのみが対象ということで空いていたらしいですが、今日はえらく混んでいました。
入り口で入館許可証を見せなければ入れてもらえません。

よせばいいのに僕は風邪をひいているのに無理して出かけたものですから、ヘロヘロになってしまいました。
もともと人ごみが嫌いなのでデパートは好きではないのですが、せっかくの休みを家でじっとしているのも損だ、という貧乏根性ゆえのことです(笑)

えー、デパートの印象ですが、フロアはいまいち狭いですね。
もともと日本橋の三越があまりに年寄り向けデパートだったので、今回は若返りを図った様子で、30代から40代の女性向けの品揃えでした。
年寄りのお客さんはちょっと戸惑っているようでした。

建物が新しいから、その点は気持ちが良かったですが、特別目新しい印象は受けませんでした。
後は体調が悪くて目をつむっていたのでよくわかりません(笑)


10Fのイタリア料理店で食事をしたのですが、そこは美味しかったみたいです。
体調が完璧ではなかったので、味覚もイマイチ鈍感で、正確なところはよくわかりません。

馬鹿みたいですね(笑)

それから銀座まで歩いて行って、こちらはその途中にある高島屋の写真です。
この建物はクラシカルでいいですよね。
品揃えもまあまあいいようですが、なぜかこちらはお客さんがあまり入っていません。




北区防災センターの地震の科学館という施設に行ってきました。
先日関東で大きめの地震があったから、あわてて行ったわけではありません。
たまたまテレビでこの施設を見て、前から行ってみたいと思っていたのですが、暇がなくて今日まで行けなかったのです。


京浜東北線の上中里の駅から歩いて5分くらいのところです。
ウチからは30分くらいで到着しました。

隣には滝野川消防署があって、訓練の掛け声なんかが聞こえてきます。
当然のことながら、消防署と密接な関係にある施設なんですね。

ここの最大の売りは震度7の体験ができる装置があることです。
それが体験したくて行ったわけです。


館内は地震に関係する資料が工夫を凝らして展示してあります。
当然多くは北区に地震が起きた時のことを想定して書かれています。
僕は北区の住民ではないのですが、参考にはなります。

見ていて思ったことは、9年前の阪神淡路大震災から非常に多くの教訓を得ているということで、それ以前とそれ以降で資料の内容に差があるように感じました。

来ている子供の中にはあの地震のことをまったく知らない世代もいて、もう9年も経っているのだから当たり前なのですが、ちょっとびっくりしました。



館内にはゲーム形式で地震のことを教えるコーナーもあるのですが、やはり子供たちはピンと来ていないようでした。
その点、震度7体験のコーナーは非常にリアリティがあっていいですね。

施設のおじさんに体験したいと申し出たら、親切にもすぐにやってくれました。

下がその装置の写真です。
(すいません。自分が体験中の写真は撮れませんでした。当たり前ですが・笑)

まずは震度3くらいから始めて、だんだんと大きくしていきます。
ちょうど震度5弱くらいで先日の地震とほぼ同じような感じを受けました。

震度7では左右に50cmくらいガッガッと揺れながら、同時にドンドンと突き上げられる感じで、畳が少し浮き上がります。
何というか、床が反復横とびをしているようでした。
立ち上がるのはちょっと難しいですね。
つまりすぐに火を消すなんてのは事実上不可能なわけです。

これが1分以上続くのはちょっとしんどいですね。
人間の方は何とかなっても、建物がやられてしまう可能性があります。

子供はただ驚いている様子でしたが、大人の方は、皆自分の家にこの揺れが起きた場合のことを頭に浮かべているようで、顔が真剣で笑いはありませんでした。


この設備は関東大震災や阪神淡路大震災の時の揺れのパターンも体験できます。
どちらも最初短い時間大きく揺れてから、1回完全に揺れが収まります。
ところがちょっとおいてから再度大きな揺れが始まります。

この収まった時にあわてて家の外に飛び出して、次の揺れで起きた落下物や崩壊で亡くなった方も大勢おられるようです。
これは判断が難しいですね。家そのものが潰れてしまったら助からないわけだし・・・

いずれにしてもこういう体験ができるのは非常にいいことです。
普段生活していても、あの揺れが起きたらこれは絶対に倒れるな・・とか思い浮かべることができるのですから。

飲料水は当たり前ですが、生活水をポリタンク等に入れて普段からいくつか用意しておくのは、国民の義務だと思いますので、皆さんもぜひ実行してください。
もちろん他にも用意すべきものはいろいろありますので、それはネットで調べましょう。

僕の読んだある地震の本には次のように書かれていました。

「こういう事を笑ってやらない人はどこにでもいるのだが、そういう人に限って、いざ起きた時に周りの人に泣きつく。そうなると周りの人も、せっかく自分のために用意しておいたものを、その人に分けざるを得なくなる。こういう状況を防ぐための手段は、普段からそういう人物とは親しく付き合わないようにすることだ」

2004年 10月6日(水)
北海道 クマの旅

10月2日。

朝一番の飛行機で羽田を出発しました。
クマ三昧の旅のはじまりです。
天気はあいにく曇りでしたが、北海道はきっと晴れているに違いありません。


到着したら小雨でした(笑)
でも神様が味方してくれたのか、目的地が近付くにつれて日が照ってきました。

千歳空港に着くとすぐに予約しておいたレンタカーを借りました。
(車でないとどうしても行けない場所なので・・・)
マツダのアテンザというワゴンで、排気量は2000ccです。

これは予想外にいい車でした。
なかなかスポーティでハンドリングも今風で破綻しません。
FFなので直進安定性も高く、リミッターの働く速度域でも不安感がありませんでした。
そのお陰かほとんど疲れを感じませんでした。

燃費は初日は13km/l以上走りました。
道路事情もいいのでしょうね。
運転しやすく、ほとんど不満を感じさせませんでした。



苫前に行くには千歳から道央道で深川まで北上し、そこから北西に向かって進み留萌へ。
留萌から海岸線の道路を北上すると30kmほどで到着します。

カクッカクッと曲がる非常にわかりやすいコースです(笑)
実際北海道の道は非常に運転しやすくて、かなりの長距離を走っても疲労感はありませんでした。

海岸線の道は文字通り海岸線にピッタリ沿っており、場所によっては跳ねた水しぶきを浴びることもあります。
遠方を眺めると大地が日本地図の北海道の形をしているのがわかる、という雄大な景観の場所でした。

左手は海、右手は丘で、見とれてしまうほど美しく、それでいて少し寂しさも感じさせます。

途中小平(おびら)という場所にニシン御殿を改造した食堂がありました。
ここで昼食を取ります。
実はこの道には何もなくて、ここ以外に昼食を取れそうな場所がみつからなかったのです。

でもニシンそばを食べたらなかなか美味しくて、これは正解でした。

苫前の町に入る手前、古丹別という場所から、くねくね曲がる三毛別川(さんけべつがわ)に沿った山道に入ります。
ここはベアロードと呼ばれる道で、この地で大正4年に起きた「苫前羆事件」に因んでつけられた名前です。

まずはその事件の被害者の慰霊碑がある三渓(さんけい)神社に赴き、慰霊碑にお供え物をしました。
この辺りから道には人気が無くなり、寂しい山道になってきます。

自作の事件現場マップを見ながら「苫前羆事件」の起きた場所を上っていくと、事件の再現地に着きます。

ここには当時の様子を伝える小屋が再現されていますが、このクマの張りぼてはいくらなんでもでかすぎますね(笑)
でも実際に襲われたら恐怖でこんな風に見えるのでしょう。

ここは今でも羆が少なからず生息しており、あまり気楽に行ける場所ではないと思います(汗)
人は誰もいなくてひっそりしており、非常に不気味でした。
僕はヒグマ君が木の陰からこちらの様子を窺っていたと確信しています。(マジです)

今回の事件跡地訪問のレポートは、後日ひとつのページとしてまとめる予定です。

再現地からベアロードを再度下り、20分ほどで苫前の町に到着します。

町には郷土資料館があり、苫前町に関する歴史的な資料が展示してありますが、中心はやはり羆事件です。

この事件は、1匹のクマにより大量の死者が出たことばかりでなく、犠牲者のほとんどが女子供であったという、残虐性においても史上類を見ない事件と言われています。

僕の日記でも何度となく紹介していますが、あまりにドラマチックな内容ゆえ、過去に小説や漫画、ドラマや演劇で取り上げられています。

これは北海太郎という捕獲された中では日本最大の羆の剥製です。
幻の巨熊といわれ、ハンターが8年間追跡して仕留めたそうです。

体重500kg、身長2.43m。
剥製にするとあまり大きく感じませんが、山で出会ったら腰を抜かすほど大きく見えるでしょうね。


小屋にクマが侵入してきた時の様子が再現されています。
いきなり壁を突き破って入ってきたのですから、考えてみれば堪ったものではありません。

それにこの掘っ立て小屋のような家も凄いですね。
これで北海道の冬を越していたわけですから・・・

クマが女性の肉を好んだため、被害者は妊婦を含む女子供を中心に7人にも及びました。
男たちは団結して戦いを挑もうとしますが、頭のいいクマに翻弄され、被害は拡大してしまいます。


資料館を後にした頃には午後4時を回っていました。
札幌のHGさんから電話が入り、今どの辺をうろついているのかと聞いてきました(笑)
そろそろ日が傾いてきて、北の町は寂しさを増しています。


札幌への帰り道。

丘の上には風力発電の風車がたくさん並んでいます。
大自然の中にそびえ立つ近代的な建造物が、不思議なコントラストをかもし出しています。


夕日の輝く海と陽の光で赤く染まる丘。
その間の美しい道を札幌に向けて南下します。

素晴らしいドライブコースに興奮しているのか、一日中運転しているのに体が疲れることを知りません。

ここはやはり夕日が最高ですね。
そのままやり過ごすのが惜しくなるほどの美しさに、何度となく車を道の脇に停めて、カメラのシャッターを切りました。


雲の間から日の光が漏れてきます。
よく見ると沖合いの海面にその光を浴びて明るく輝いているエリアが見えます。

僕はただ無言でその美しさに見とれていました。


海に行けば「板子一枚下は地獄」の世界であり、山に行けば凶暴な熊が生息している。
風は強く、雪は深い。

ここの自然環境は実に厳しいです。
この美しさには残酷なまでの自然の厳しさが内包されており、都会育ちの僕は、そのあまりの美しさに恐怖さえ覚えました。




札幌に着いたのは夜。
HGさんがホテルまで迎えに来てくれました。
ネット上でお付き合いするようになって数年経ちますが、実際にお会いするのは初めてです。


食事をご馳走になった後、足回りガチガチのジェミニに乗って、山の上の熊の出るスポットを案内してくれました。

札幌市内にもクマが出るんですね。
しかもHGさんのご自宅から市街地へ向かう途中の道に出るんです。

最後はHGさんの家にまでおしかけてしまいましたが、オーディオ談義に夢中になっているうちに真夜中を過ぎてしまいました。

ここは札幌郊外の山の上の夜景がきれいなデートスポットです。

でもクマの出るベアスポットでもあります。
恐いのでHGさんの車の中から撮りました。

HGさん、せっかくのお休みに夜中までお付き合いくださりありがとうございました。
眠いのにお子さんまで付き合せてしまって申し訳ありませんでした。

ついでにこの写真の手ぶれもごめんなさい(笑)





10月3日。

今日は朝ゆっくり起きました。
ロイトン札幌というビジネスホテルに宿泊しているのですが、ここは食事が良くて有名らしく、バイキング形式の朝食がとても美味しかったです。
日ハムの新庄効果などもあって、北海道はホテルラッシュです。
競争が激化しており、航空券とのセットが非常に安く売られています。

今日は天気はまずまずで、空には豪快な形をした雲が浮かんでいます。
地震雲もあるようですね(笑)
(東京は1日中雨だったようです)

例によって道は空いていて実に気持ちの良いドライブを楽しめました。
渋滞が無いのでナビの計算通りの所要時間で目的地に到着します。

今日は昨日とは逆に南下して登別クマ牧場に向かいます。
登別は札幌から1時間半くらいの場所です。

登別温泉は、建物は新しいのですが、町の雰囲気は古くからある娯楽施設としての温泉街のイメージを強く残しており、通りに堂々とストリップ小屋があったりします。

クマ牧場は、この温泉街の中からロープウェイで山の上に登ったところにあります。

ご覧の通りたいへん見事なロケーションです。

すぐ隣にはクッタラ湖、前方遥か下を見下ろすと登別の町と広大な海が一望できます。
建物の上に登ると展望台としても楽しめる仕組みになっています。

僕はクマ牧場に来るのは小学生の時以来なので、30数年ぶりですね(笑)
昔来た時はリフトで登っていって、足元にクマがたくさんいて、とても怖かったという記憶があります。

さてクマたちはどうしているでしょう・・・


ああ、予想通りですね。
狭いスペースにいっぱいのクマが押し込められています。
皆立ち上がって「チョーダイ」のポーズです。

体が大きいので迫力があって、チョーダイって言われても、こちらはちょっと引いてしまいます(汗)



餌が一袋100円で売られているんですね。
見物客からそれをもらうのが彼らの唯一の生き甲斐であるようです。
皆自分のことをアピールするのに必死です。
クマは頭が良いのであの手この手でお客の目をひこうとします。

羆事件のレポートに使う写真が撮りたくて、ヒグマのいっぱいいるクマ牧場に来たのですが、皆飼いならされて世間ずれしており、ペットの犬みたいなかわいい顔をしているものが多くて困りました。
こいつは盛んにこういう下品なポーズをとっていました。
奥の手なんでしょうね。

でも芸達者すぎて今日のお客には不評の様子で、誰も餌をあげようとしません(笑)

それにしてもこんな格好を誰が教えたんでしょうね。
まさか下の温泉街で・・・(笑)



こういう施設での飼育環境について世界中で批判が出ていますが、中でもここは古い「見世物小屋」のイメージを色濃く残していますから、批判の対象になりやすいですね。


狭いエリアにいっぱいいるので、クマたちは気が立っています。

時折お客の投げた餌が中途半端な位置に落ちると、取り合いで大喧嘩を始めます。
巨大な動物がうなり声をあげてぶつかり合うので、迫力に圧倒されてしまい、投げたお客も自分のせいだと思って動揺してしまいます。

これが「見せ物」という時代もあったのでしょうが、やはり何とかして欲しいと思いました。



なんて偉そうなことを書きましたが、クマが一生懸命チョーダイのポーズをするので、こちらもついつい餌を買ってしまいます。

人間側が檻に入ってクマのそばに近寄れる仕掛けになっているのですが、ここではバネの入ったシリンダーからクマに餌を与えることができます。

近くで見るとやっぱり迫力がありますね。
ビビッて後ずさりしているお客さんもいました。

ところがクマのやつは人から餌をもらえることを知っているので、人が来るとシリンダーの先をくわえて餌を打ち出してくれるのを待ち構えているんです。

数センチ先にヒグマの巨大な顔があるので、かなりの迫力です。

Mrs.COLKIDがクマに意地悪をして、餌を出すタイミングをずらしています。

待っても餌が出てこないので、クマがおかしいなと思ってシリンダーから口を離した瞬間に餌を打ち出すのです。
クマは転がった餌をあわてて追いかけます。

君ねえ、相手は陸の王者、ヒグマだよ。そういうかわいそうなことをするのはやめなさい。

見ると上のほうにも餌をやるための穴が開いています。

ここはクマが立ち上がった体勢でエサを受け取れるようになっているんですね。

中の人間がここに手を伸ばすと、すかさずクマも立ち上がって待ち構えます。
Mrs.COLKIDがそこから餌をやるふりをして、またもクマを焦らしています。

ところが敵も然る者、逆に「ブファッ!」とすごい勢いで穴を通して息を吹き込んできました。

いきなりの反撃に飛び上がったMrs.COLKIDは、悲鳴を上げて手を引っ込めました。

さすがは陸の王者です(笑)

クマ牧場の施設の中にはクマの博物館もあり、クマに関する様々な資料が展示してあります。

ここにはクマの剥製や骨格標本が所狭しと並んでいます。
ま、クマには事欠かないでしょうから(笑)

展示された資料にはクマの個体数が減少しており、絶滅の方向に向かっていることがさかんに書かれています。
これは多分に動物保護団体に対するポーズもあると思います。


本来はクマと人間との共存を図るべきなのでしょうが、実際現地の人に聞くと「見たら殺せ」という人も多いですね。
毎年のように被害者が出て、農作物を荒らされている土地に住む人たちにしてみれば、恨み骨髄でそんな悠長なことを言っていられないのでしょう。

現実に札幌の郊外でも出没するわけですから、非常にリアルな世界です。
おちおち散歩もできません。

人間の方がクマの住処を横取りしたと言っても、あちらが牙を剥き出しにして攻撃してきたら、やっぱり血みどろになって戦うしかありません。

難しい問題ですが、せめてそういう悲劇的な状況にならないように普段から心掛けて行動するしかないですね。

クマ牧場はアイヌの人たちの集落が再現してあり、そこではお土産を売ったり踊りを披露したりしています。

伝統文芸の保存という意味合いがあるようなのですが、全体にいまいち覇気が無く、もう一工夫欲しいところではあります。

さて最大のイベントはクマのショーです。

これは何ともメリハリのない不思議な雰囲気のショーでした(笑)

まず調教師のおじさんがゆったりとしたリズムで抑揚の無い話し方をします。

それに輪をかけて凄いのはクマ君の動き方で、何か命令されてもすぐには動かず、しばらく長い舌をペロペロと出しながら停止していたかと思うと、おもむろに動き出します。

こちらは完全にタイミングを外されてずっこけてしまいます(笑)


これはナンバーの振ってあるブロックを数字の順番に持ってくるのですが、僕にはクマが数字を数えているとは思えません。
どうやって順番を判断しているのでしょうか?

あの舌をペロペロやって考え込んでいる時間に何かトリックがあるのかもしれません。


それにしても僕が感心したのは、クマの運動神経です。
一見のっそりしているように見えますが、キャッチボールをしたり、逆立ちで歩いたり、玉乗りをしたり・・・
バスケットボールをさせると、遠くにあるゴールに正確にシュートします。

今回のショーでは、最後にゴールをかなり遠くに設置したのですが、それになかなか入れられず、クマは自らボールを拾いに行って、入るまで何度もトライしていました。

不器用な動きに見えるのにもかかわらず、ちゃんと狙っているのがわかるんです。
あの巨体の動物が、実はそうとうの運動神経の持ち主で、凄いスピードで動けるわけですから、まともに戦ったら人間は敵うわけありませんね。




登別クマ牧場からの帰り道、白老(しらおい)でこんなお店をみつけました。
まるでゴジラですね(笑)

ここで昼食をとりました。


というわけで、たった2日間でしたが、クマ三昧の実に充実した北海道旅行でした。
北海道ではまだやらなければならないことがいっぱい残っているので、またいつか出かけようと思っています。

今回は写真を500枚ほど撮影したので、その整理をするのも一苦労です(笑)

2004年 10月3日(日)
さいはての地

予告通り10月2日、3日と北海道に行ってきました。
先程旅行から帰ってきたばかりです。

1日目は朝早く千歳まで飛び、レンタカーで苫前(とままえ)という日本海側の小さな漁村に行きました。
ここでは大正時代に起きた世界の熊害史上最悪といわれる大量の犠牲者を出したヒグマ事件の跡地を取材しました。
夜は札幌でHGさんとお会いし(実は初対面)、札幌市の自宅周辺のヒグマの出るスポットを夜中に案内していただきました。

翌日は登別のクマ牧場に出かけ、ヒグマの写真をいっぱい撮りました。
で、1泊2日で東京に戻ってきました。
たった2日ですが「クマ三昧」の濃ーい旅です(笑)
(1日間はレンタカーで490km、2日目は190km走りました)

苫前羆事件については、別のページを新たに作ろうと思っていますが、まとめるのはかなりの作業量なので、少し先になりそうです。
クマ牧場(ちょっととぼけた施設です)に関しては、近く日記上で紹介しようと思っています。


苫前は留萌(るもい)の北にある小さな漁村ですが、いずれにしても過疎化の進んだ寂しい町でした。
しかしその夕日の美しさにはただただ絶句。
海岸線に沿った道をドライブしていて、つい車を停めて見とれてしまいました。

海側には雲の隙間から漏れる神秘的な光、陸側には切り立った丘と日の光を浴びる風力発電のそびえ立つ風車の群・・・
言葉を失うほど美しかったです。
こんな世界が日本にあるんですね。

厳しい自然に囲まれた寂しい町と、そのあまりに美しい光景のコントラストは、何ともいえない感動を与えてくれました。
さらにこの地でかつて起きた凄惨な事件は、その自然の持つ残酷さを際立たせています。

実は僕の祖先はここの並びの町にいた網元で、そういう意味でも個人的に思い入れのある海なのです。
とりあえずは昨日撮った写真を1枚載せておきます。