2004年 9月30日(木)
9月はおしまい

今月は今日で終わりですね。
来月はクマの取材に北海道に行く予定です。
その成果をHPでまとめようと思っているのですが、もうひとつ、既に取材が終わっているテーマがあって、それも同時進行で進めているので、ちょっと混乱状態です。
出来上がるのはいつのことやら・・・

ところで最近は下の変なネコを集めています(笑)

2004年 9月26日(日)
アラモ

「アラモ」を見に行こうかと思って、ネットで一般の人の評価を見てみたのですが、これが驚くほど低い(笑)
びっくりしてやっぱり見に行くのはよそうかと考えてしまいました。
せっかくの休みの日につまらない映画を見るのも嫌だったので・・・

で、気が進まないまま結局見に行ったのですが、結果から言うと、これはかなりの力作で、しかもお金が相当かかっており、見る価値が十分にありました。
2時間17分の上映時間が非常に短く感じられました。
日曜の初回で観客は100人プラス程度(多くは高齢の西部劇ファン)でしたが、作品の出来はなかなかのものでした。
もともと「砦もの」というのは、非常におもしろい脚本ができるんです。

また単に映像作品として完成度が高いというだけではなく、テキサス人がどういう人種なのかを考察するに当り、非常にすぐれた資料となると思われます。
要するに今の時期だからこそ見るべき必要性が増し、作品そのものの出来とは別の価値を有しているということです。




まずアラモの戦いが歴史的にどういうものであったか?

長くなるので詳しくは書きませんが、要はメキシコの独裁者サンタ・アナからの独立を勝ち取るために武装蜂起した集団が、1836年、アラモ砦に立てこもり、数千人のメキシコ軍と数日間の攻防戦を繰り広げた結果、全員壮絶な戦死を遂げたという話です。
この戦いをきっかけにテキサス義勇軍は奮起し、同年テキサス共和国としてメキシコから独立、1845年に合衆国に併合されました。
アラモの戦いは「リメンバー・ジ・アラモ(アラモを忘れるな)」というスローガンとなって、テキサス人たちの、ひいてはアメリカ合衆国という国家の、領土拡大の際の心の原動力となったのです。

さらにこの戦いを有名にしたのは、当時のスーパースターが玉砕したメンバーに加わっていたという劇的な事実でしょう。
政治家として当時既に伝説の人となっていたデイビー・クロケット、ボウイ・ナイフの語源になったナイフ使いの名手ジム・ボウイ、若くて純粋なトラヴィス中佐。
クロケットは当時「クロケット・アルマナック」というクロケット議員にまつわるホラ話満載の小冊子が発刊されており、非常に有名で人気がありましたし、ボウイのナイフは後にアラモの廃墟から遺品としてみつかり、それが基になって今のボウイ・ナイフが作られました。
彼らが日本でも映画ファンの間で有名なのは、何といっても1960年のジョン・ウェイン監督主演の「アラモ」によるところが大きいと思います。

しかしこの旧「アラモ」をはじめとして、今までのアラモ攻防戦関連の映画が何かと英雄物語として描かれているのに対して、今回は史実をかなり意識した内容となっており、服装や武器等も正確な時代考証に基づいて凝りに凝って作られています。
テネシーで選挙に敗れて傷心の身で義勇軍に参加したクロケットが、最後までテキサスに来たことを後悔しているような顔をしていることや、ヒューストン将軍がアル中であること等、歴史の裏話とされている事実を細かく描いており、各登場人物が人間味に溢れています。
そのため英雄物語を期待して見に来た西部劇ファンは戸惑うことになるかもしれません。

またある程度の歴史的予備知識が無いと、この作品の面白さは半減してしまうでしょう。
日本で言う新撰組や四十七士のようなもので、彼らはアメリカ人にとっては誰でも知っている極めて身近な登場人物たちなのです。
デイビー・クロケットなど伝説が現代まで生き残り、テレビの番組でさらに有名になって、1950年代には子供によるクロケット扮装コンテストが行われていたほどです。
あの有名なアライグマの尻尾の付いた「クロケット帽」は、僕も小学生の頃愛用していて、スキーに行く時は必ずかぶっていました(笑)

さて、純粋に映画として見てみると、各俳優の演技はなかなか優れており、ジョン・リー・ハンコック監督の演出も滑らかで見事なものでした。特にカメラワークがよく、スピーディで見応えがあり、最後まで飽きさせませんでした。
その点はまず評価すべきだと思います。

しかし例えこれが史実に忠実であるといっても、結果的に「テキサス賛歌」になってしまうところは、時期が時期だけにどうしても鼻に付きます。
あの天下の駄作「パールハーバー」とまったく同じパターンであり、「同胞が勇敢に戦ってこんなに死んだ」>「でもその後で敵を討ち我国は勝利した」>「だから感動しろ」>「我国は正しい」となり、それが今だとさらに「イラクの件も正しい」とつながってしまうのです。
さらには敵国側にも共感できる登場人物を混ぜることで「公平」と称し、「だから外国のみんなも見てよ」というところまで同じです。
「リメンバー・パールハーバー」というスローガンもありましたが、「リメンバー」と付く言葉には往々にして政治的イデオロギーが内包されていて、まったくろくなものがありませんね。

テキサスにはいまだに独立国を名乗る集団もいて、独自の通貨を作ったりしています。
この映画が(多分制作費をかけすぎたからでしょうが)彼の国でも赤字であるということは、もしかするといい加減彼ら流の「正義」が自国でも通用しなくなっているのかもしれません。

「パールハーバー」の時、私達は久々に敵国人として扱われ、いまだに多くのアメリカ人の感覚が変化していないことを知らされたわけですが、今回の「アラモ」で当事者となったメキシコの人たちがどう感じているのかを聞きたいです。

Mrs.COLKIDの評価:
「歴史の知識がないとピンとこない映画だと思う。最後まで大袈裟な盛り上がりがなかった。主人公格の登場人物が複数いた」

僕は面白くないという前評判から、Mrs.COLKIDが途中で寝てしまうのではないかと心配していましたが、最後までしっかり見ていたので安心しました(笑)
いずれにしてもいろいろな意味で見る価値のある映画だと思いました。

2004年 9月23日(木)
ウォーキング

今日は「秋分の日」で会社はお休み。
所謂お彼岸なのですが、僕の場合お彼岸といえばやることはひとつ、何はさておき「お墓参り」ですな(笑)
当然朝一番でお墓参りに行ってきました。

で、健康のためにそのまま都内をウォーキングしようか、ということになりました。
ウチのお墓は京成線沿線なので、まずはそのまま上野に出ました。

上野を始点にウォーキングへ出発!


と言っても、あまり真面目なウォーキングではありません。
あちこちにフラフラと寄り道する「散歩」に近いものです。
重いからニコンのカメラも持ってきませんでした。
かわりにキャノンの小さいデジカメを腰につけてきました。


まずは早くも上野のヨドバシカメラに引っかかって(笑)、カタログをもらったり、レンズのキャップを買ったり、見本の双眼鏡をのぞいてみたり・・・
けっこう遊び半分です(笑)

その後秋葉原方面に歩き出しましたが、今度はどら焼きで有名な「うさぎや」に寄っておはぎを買いました。
お彼岸だからおはぎを買うのは当然の行為です(笑)
「うさぎや」はお客さんで一杯でした。
御徒町を通って秋葉原に行きます。
上野からずっとゴミゴミした薄汚い町が続きますが(笑)、秋葉原に来ると、その上さらに変わった歩行者が目立つようになります。

詳しくは書きませんが、すれ違う時にぎょっとするようなカッコウをした人が結構います(笑)
やっぱり変ですよね、この町。

外国人の観光客も一杯歩いていますが、彼らもけっこうその雰囲気を楽しんでいる様子で、変わった人物が通るとニヤニヤしながら目で追っています。
きっと電気街というより、未来的で退廃的なオタクシティとして世界的に有名なのでしょうね。
その秋葉原も高層ビルがいくつか建ちはじめており、これはもしかしたらイメージが変わるか?と思わせますが、一方で足元に広がる町は相変わらずこんな感じです(笑)

あの高層マンションは、オーディオマニアにとっては理想的な環境の住居かと思いましたが、一般の人には最悪の環境かもしれません(笑)

秋葉原では石丸のSACD売り場をのぞきましたが、めぼしい収穫はなし。
ところで万世橋の警察署ってなくなっちゃったんですね。
それからお昼に蕎麦を食べようということになり、交通博物館の横を通って、神保町方面に向かいます。
休みだから子供連れが来ていますね。

正直言うと秋葉原の人ごみを抜けてちょっとほっとしました。
僕も歳でしょうか?
あっ、今日はお店が開いています。
良かった!

有名な「まつや」は日曜日が休みなので、なかなか食べに来られないでいたんです。
東京で蕎麦といえば、「藪そば」か「まつや」かというくらい有名です。

天ぷらもりそばを食べました。
美味しかったけどお客さんで混んでいて、しばらく外で並んで待たされて、食べる時はぎゅうぎゅうの店内で合席でした。


その後神保町のスポーツショップである物を買いました。
何を買ったのでしょう?
それは秘密です(笑)

ヒント:登山のコーナーで買いました。

今度は日本橋の三越に行くことにしました。
Mrs.COLKIDが買いたいものがあったからです。

でも神保町から日本橋って特徴の無い道が続いていて、途中ちょっと道に迷いました。
遠回りしてしまい、さすがに歩きすぎで足が痛くなってきました。


三越の隣に「室町三井新館」という物凄く高いビルが建築中なので、それを目標に歩いているうちに何とかたどりつきました。

日本橋三越は相変わらずの古い建物です。
ここは天井が低くて、扱っているものも年寄り向きが多くて、Mrs.COLKIDには不評です。

でも最初から年配の保守的なお客さんをターゲットにしているんでしょうね。

事実あるアクセサリーショップで欲しいものが無かった時、店員の人が
「あれは若い人向けなので、日本橋には置いてありません」
と言ったそうです(笑)

同じ三越でも銀座の方はもっと若向きです。


日本橋三越の喫茶店でお茶を飲みながら、いろいろなお客さんの姿を観察していたのですが、穏やかで裕福そうな感じの人が多いですね。

ここがそういう人たちをターゲットにしているのは明白です。
昔から「デパートといえば三越」という層ですね。

ところでデパートの玄関に鎮座しているライオンを撮りました。
この後銀座の三越にも行って、そちらのライオンと比べてみようかと思ったのですが、銀座では撮るのを忘れてしまいました(笑)
その日本橋三越も変わりつつあります。

向かって左隣にはご覧の通り、新しい三越のビルを建築中です。
まだ内装をやっている最中で、職人さんやデザイナーの方々が忙しそうに出入りしています。

今度はどういう人たちがターゲットなのでしょうか。

さて、日本橋から銀座はすぐ近くです。
今度は銀座をめざして歩き出します。

銀座の街はあでやかでクリーンな感じがして、個人的には大好きです。

そろそろ日が暮れてきて、街には明かりが灯りはじめました。

銀座三越をのぞいてから、僕は山野楽器に行きましたが、やはりたいした収穫はありませんでした。
何も買わないのも何なので(笑)、ジークハルト/アーネム・フィルのマーラー交響曲第6番のSACDを買いました。

今も聞いていますが、演奏はまあまあといったところですね。
音はいいです。
それから銀座の一番端っこにあるおもちゃ屋さんの博品館をのぞきにいきます。
ここで僕の好きなエリオットというベアのぬいぐるみを売っているので、それを見に行くのです。
様子を見に行くだけで買うわけではないのですが・・・(笑)

博品館はなぜか外国人のお客さんが多いです。
日本の観光ガイドに載っているみたいですね。

もう日が完全に暮れてしまいました。
今日は体が比較的元気だったので、けっこう歩きましたがまだまだ元気です。

はて、フェラーリだ。
フェラーリなんてめずらしくありません。ここは銀座ですから。

・・・でも、これは・・・


エ・・・エンツォ???
ほ・・ほ・・本物??

もうこのレベルになると僕の興味の対象の範疇にはありません(笑)
本物でしょうか?
詳しい人いたら教えてください。

1億円以上するのでしょうか?
僕の車が何十台買えるかな?

さすがは銀座ですねえ。
もっともこういう車を買ったら、まず銀座に見せびらかしに来るのでしょうが(笑)
どういう人がオーナーなんだろう?

でもこれで実際に街を走るかねえ・・・


フェラーリを見て満足したところで、今日の夕食はお気に入りのSinで食べることにしました。

前にも紹介しましたが、ここは値段がほどほどなのに美味しくて満足度が高いんです。
皆知っているようで、若いお客さんでいっぱいでした。

今日は上野を出発して秋葉原、神保町、日本橋、銀座とけっこうな距離を歩きました。
さすがに足がちょっと痛いです。

ところで神保町のスポーツショップで買ったもの・・・
何だと思いますか?

答えは「クマ避けの鈴」でした(笑)

写真のクマちゃんはエリオットです。

2004年 9月20日(月)
中善寺金谷ホテル

連休を利用して家族で(またも)日光中禅寺湖へ行ってきました。
僕は日光で以前より楽しみにしていた個人的な用事があって、今回は念願かなってそれが上手くいったので、かなり充実したお休みになりました。

これは僕のような趣味人に限ったことかもしれませんが、どうも旅行というものが苦手で、ただ温泉に入りたいとかゆっくり休みたいとか、そういう大した目的もなくどこかに出かけるのが嫌いなんですね。

その点今回はしっかりとした目的があって、それが計画通り果たせたので大満足でした。
もっとも「余暇をゆっくり楽しむ」というのは世界中の人々の常識ですから、単に僕の感性が貧しいだけかもしれません。

多分オーディオやっている人はそういう人が多いのではないかと思います(笑)



今回は父親の誕生日だったので、そのお祝いを兼ねて、扉を開けると2間コネクトできるかなり高級な部屋に泊まりました。
中善寺金谷ホテルはリゾートホテルなので、「最高級ホテル」というわけではないのですが、新しくて綺麗で明るくて、その上食事もいいので、家族にはかなり好評です。

どうです。凄いでしょう(笑)
ジュニアスィートというやつですね。
こんな部屋は結婚した時以来かな?
魚眼レンズを買っておいて良かった(笑)



これが反対側から見たところです。
半円形のベッドルームなんですね。

こういう家に住みたいですねえ。
この窓際に120インチのスクリーンが電動で降りてくるようにするんです。
で、ベッドに寝転がって5.1チャンネルのサラウンドで鑑賞するわけです。ハハハ・・・



因みにベッドの上から撮るとこういう具合になります。
ここにデーンと寝転がって・・・
しつこいですか?(笑)

今回は隣り合わせの2間を借りて、鉄の扉で行き来できるもうひとつのジュニアスィートルームは、下の写真のようになっています。
先程の部屋より少し落ちますが、それでも相当広いですね。




そうそう、ところで華厳の滝にも行ってきました。

小学生の時に修学旅行で行ったきりで、何となく馬鹿にしていて、このところ何回も日光に行ったにもかかわらず、華厳の滝には一度も行かなかったのですが、父親から
「ここまで来て華厳の滝に行かないとは何事か。日本一の滝を見ないなんて話にもならない」
と怒られて(笑)、それならと数十年ぶりに行ってきました。





行ってみたら、なるほどさすが見応えのあるものでした。
スマートで荘厳で洗練されていますね。
雄大さに圧倒されて、見ているだけで何だか厳かな気持ちになります。

やはり年寄りの言うことは聞くものですね(笑)


写真は、エレベーターで100m下まで降りて、そこから見た風景です。
水しぶきがすごくてレンズが濡れてしまうので、撮影に長い時間は使えません。


時折この滝から飛び降りる人がいるようですが、何故ここを選ぶのでしょうね?
例によって僕は霊感が無いので何も見えませんが、何か写っているでしょうか?
2004年 9月15日(水)
変クマ

変クマというのは「変なクマ」のことをいいます。
何を隠そう僕が最初に作り出した名前です。
この呼び方がテディベア業界の標準になって久しいですね。
(・・・ってぜんぜん標準になってないだろ!・笑)


先日eBayを見ていたら、見事な変クマが出品されていました。
見た瞬間絶句しました。
「これは稀に見るすばらしい変クマだ!」
他人にはわからなくても長年変クマを研究しているベテランの僕にはわかるのです。
ウーム、何としても落札しなければ・・・

もちろんこの変クマの価値がわかる人は世界広しと言えどそう多くはないので、僕のライバルになる入札者は少なく(それでも数人いたのだからビックリ・笑)難なく落札に成功しました。
憧れの変クマは今こうして僕の手元にあるわけです。




さて、ではこの変クマについての考察をしてみましょう。

これは英国メリーソート社のチーキーというテディベアのアンティークです。
ベアの作られた年代は1960年前後と推測されます。
チーキーの生い立ちについては以前日記で触れたことがありますが、もともとが非常に変わった風貌を持つ生まれながらの変クマです。
ところがこの個体は、そのチーキーをベースにさらに強烈な改造を行った、まさに変クマ中の変クマ、「スーパー変クマ」と呼ぶにふさわしいものなのです。

まず足裏のパッドに付いていたメリーソート社の証であるタグを取り外し、替わりにパッドごと新品に付け替えてしまっています。
この時点でテディベアとしての価値は半減してしまいました。

ところがこのオーナーはそれだけでは飽き足らず、顔の真横に付いていたチーキーの耳を取り外して、なんと頭の上へと移動してしまったのです。
しかもトレードマークである耳の中にある鈴はちゃんとそのままにしてあります。
何という屈辱でしょう。これはチーキーに対する辱め以外の何物でもありません。
(ちなみにオリジナルのチーキーの顔は、この日記の上のフレームで、時折ウィンクをしているジュニアをご参照ください)

以上の事実から、この人物はメリーソート社、ひいては英国に対し、何らかの恨みを持った人物であることがわかります。
あの英国最高の芸術品と言われるチーキーの素晴らしいデザインを意図的に破壊しているのです。
僕には耳を縫いつけながら悪魔的な笑いを浮かべる犯人の姿が目に浮かびます。

では僕が過去に集めた膨大なデータをもとに、この人物のプロファイリングを行ってみましょう。
以下が犯人像です。

「犯人はドイツ人の男性。年齢は70歳台。敗戦が原因で抑圧された子供時代を過ごし、戦勝国イギリスに対し、特別な恨みを抱くようになる。特に英国王室に対し強い反感を持ち、英国を象徴するテディベアであるチーキーのデザインを破壊し辱めることで、全英国人に対する復讐を行うと同時に、抑圧からの一時的な開放を味わった」

どうです?
これでほぼ間違いないでしょう。
犯人がつかまれば、僕の推測がいかに正しかったが証明されるはずです。

たとえば、足のパッドを虫が食ってしまったので新しいものに付け替えたとか、耳が取れかけていたので修理した時、チーキーの顔が変なデザインなので、ちゃんとクマに見えるように位置を上の方にずらしたとか・・・そういう誰でも思いつくような単純な理由では決してないのです。
ありふれたベアにも様々なドラマが隠されているのです。
まさに「変クマに歴史あり」といえるでしょう。


2004年 9月13日(月)
THE VILLAGE

日曜日に銀座に映画を見に行ってきました。
ナイト・シャマラン監督の「ヴィレッジ」です。
閉鎖された「村」の物語ですね。
上映館が少なかったためか、完全に満席でした。

この映画は・・・というか、この監督の映画はすべてそうなんですが、大きなどんでん返しが仕組まれていて、映画について語ろうとしても、その種明かしをするわけにいかないので、詳しく書くことができないんです。
パンフレットの最後にも、ストーリーの全貌について明らかにしないで欲しいというシャマラン監督からのメッセージが添えられています。
どうしても歯切れが悪くなってしまうので、感想は短かめに述べることにします。


シャマラン監督というと、一気に有名になったのは「シックス・センス」でしょうか。
この作品は僕はけっこう楽しんで見ました。
「先が読めたから俺はつまらなかった」なんて嘯く人が出るくらい存在感のある映画でした。
次に「アンブレイカブル」。
この作品は面白かったけれど、ちょっと設定そのものに疑問を感じました。
次に「サイン」。
これは僕は完全にペケでした。空回りしているように感じました。

共通しているのは愛とか死をテーマにしているところですが、その割に基本的な部分で妙にマンガチックな幼さが見え隠れするような気がします。底が浅い感じが拭えないんですね。
シャマラン監督がインドの人なので、どこか神秘的なイメージがあり、もっと奥深いものを期待してしまうのかもしれません。

ただ人を驚かすことに関しては一流です。
「サイン」があれほど出来が悪かったのに、あの屋根の上に宇宙人を発見した時の恐怖は第一級でした。
この人はどちらかというとオカルト映画向きなんじゃないでしょうか?
と言うより、せっかく愛や精神世界を問うても、怖すぎてオカルト映画になってしまうんですね(笑)

今度の映画は、「サイン」より出来はいいです。
「シックス・センス」ほどではないです。
でも十分楽しめましたし、全体のバランスも良かったし、ビックリもさせられました。
見る価値は、まあまああるのではないかと思います。

Mrs.COLKIDの意見
「この監督の作品は、シックス・センスがとても良かったのに、以降作るたびに悪くなっていくような気がする。サインよりはマシだったけど・・・
頭のおかしい役の子の演技が良かった」

2004年 9月12日(日)
レンズの日


新宿に用があって、朝早めに起きて行ってきました。
先月買った AF DX Fisheye Nikkor ED 10.5mm F2.8G を持っていきました。
(平たく言えば10.5mmの魚眼レンズです)
このレンズは新宿のような大都会で使うとけっこう面白いことがわかりました。


話が少々混乱しますが、なぜ新宿に用があったかというと、もう1本別のレンズを買いに行ったのです。
AF-S DX ZOOM Nikkor ED 17-55mm F2.8G(IF) です。
(平たく言うと17-55のズームレンズです)
前から欲しかった所謂「明るい」ズームです。



新宿ではマッ○カメラというお店でレンズを購入しました。秋葉原にあるソフマッ○の系列ですね。
インターネットで調べていたら、ここが一番安かったんです。
何と、有名なサイト「価格ドットコム」に出ている一番安いお店より、さらに安いんです。
この価格で本当に間違いないのか、もう一度聞いてしまったほどです。

面白いのはお店の斜向かいには、もっと有名なヨ○バシカメラの大きな店舗があって、そこでは同じレンズをずっと高く売っているんですね。
ヨ○バシはかわりに価格分のポイントが付くんですが、そのポイント分の金額を差し引いて考えても、やっぱりマッ○カメラの方が安いんです。

派手な店舗のヨ○バシカメラの目の前で、マッ○カメラは小さなスペースで地味にやっているんです。
ちゃんと棲み分け出来ているんでしょうね(笑)



明るいズームレンズはどうしても欲しかったんです。
17-55mmといえば、35mm判換算では25.5-82.5mmとまさに「標準ズーム」の焦点距離です。
これ1本あればほとんどの場面はカバーできてしまうでしょう。

その後銀座に映画を見に行って、ブラブラしながら新しいレンズを使ってみたのですが、結果はなかなか良好でした。
明るくてシャープで、まるで単レンズみたいな写り方です。
超音波モーターでフォーカスも速いし、かなり気に入りました。
ちょっと重量が重いのは、まあ仕方の無いところでしょう。




ところで銀座でカレーマンの集団を発見!
まだやっていたんですね(笑)

以前山野楽器でCDを買いに来たところに遭遇したのに、写真が撮れなかったあのカレーマンです。
今度はちゃんと撮れました(笑)

でもこの名前ぜんぜん聞きませんね。
有名なんでしょうか?
こんなに一生懸命宣伝しているのに・・・

ちょうど先日カレーを作ったばかりなので、タイムリーでしたね(笑)

2004年 9月5日(日)
カレーの日

某所でインドネシア式本格カレーの作り方を読みました。
早速作ってみようという話になり、近くの成城石井に食材を買いに行きました。
ところがレシピが本格的過ぎていくつかの食材が手に入りませんでした。

Mrs.COLKIDは、そこはまあ適当に代用品で済まそうと考えていたようなのですが、その作り方に触発されてカレーを作った何人かの方が、実に凝った作り方をされているのを見て、これはあまりいい加減なことは出来ないということになり、食材が完全に揃うまで作るのは延期になりました。


御徒町のセンタービルの地下に行くと全て揃うという話を聞き、今日行ってきました。

行ってみてビックリしました。
もともとあの界隈は非常に怪しげな場所ですが、その地下の食品売り場はそれに輪をかけて怪しい雰囲気の場所ですね。
見た事のないものがいっぱい並んでいて、外国語が飛び交い、とても日本とは思えませんでした(笑)
Mrs.COLKIDはまるで地下組織みたいだと言っていました。

ギーという水牛の油とか、こぶみかんの葉とか、ナンプラという魚の露とか・・・欲しかった食材が、みんなそこで当たり前のように売られていました。

それ以外にも生きたスッポンなんかが網に入れられて積んでありました。
その場でさばいて、血はワインに入れてくれるというのですが・・・
あれ水に入れれば元気になって生き返るのかな?



材料が揃ったので本日晴れてカレーを作りました。

作り方はここには書きませんが、手間と時間をかけただけあって、なかなか美味しくて、やはり普通の家庭料理では出せない味ですね。
味見してみて、これはライスではなくてナンの方が合うだろう、ということになり、早速近所のスーパーでナンを買って来ました。

いろいろな調味料や香辛料を足していって味を微調整するのですが、何よりもココナッツミルクを一缶ドバッと入れるところが、一般のカレーと違うところだと感じました。


2004年 9月3日(金)
カメラの人

先月旅行先で魚眼レンズを衝動買いしてから、今は「カメラの人」になっています(笑)
欲しいレンズが数本あって、今もカタログを見たりお店に問い合わせたりしています。

こういうのって周期的に巡ってくるんですよね。
僕の部屋の防湿庫には、かつて買い集めたボディやレンズがごろごろしています。
もっともデジタルに移行する時に、もう使う機会は無いと判断した銀塩カメラはいち早く手放してしまいました。(ライカとハッセルと、ニコンのFシリーズだけは、銀塩時代の記念に取っておきましたが)

これは正解でしたね。
今や中途半端な銀塩写真機はまったくの無価値で、中古市場に溢れかえっています。
そりゃあそうでしょう。
有害といわれるフィルムそのものが、いつこの世から消えるかわからないのですから・・・

で、交換レンズだけはデジタル時代になっても使えるだろうと思って、すべて取っておいたのですが、これは当てが外れたようです。
僕は詳しい理由を良く知らないのですが、デジタルにはデジタル用のレンズの設計方法があるようですね。
各メーカーは新しいレンズをデジタル対応と謳っていますし、たとえばニコンなんかもすべてのレンズを新しい(当然厳しい)基準で作り直しています。

現象として僕が知っているのは、銀塩時代の出来の悪いレンズで撮影すると、色収差がもろに出る、ということです。
原因のひとつとして、銀塩時代はフィルムの厚みをほとんどゼロとして設計して問題なかったのに、デジタル時代はCCDなどの素子に厚みがあるため、光がなるべく垂直に当るようにレンズを設計しないと3原色がずれてしまう・・という話を聞いたことがあります。

多分理由はそれだけではなくて、デジタルでは家で簡単にパソコンを使って映像を拡大できてしまうので、銀塩時代はわからなかった粗がもろにわかってしまう、ということもあるような気がします。
数十万円もする自慢の「ドイツ製名レンズ」が、デジタルで撮って拡大してみたらすごい収差で、「個性」の化けの皮が剥がれてしまった・・という話もありました。




上の電柱の写真は、今日の昼間2本のレンズを持って、D100で撮ってきたものです。
左がシグマの 28mm F1.8 ASPHERICAL という単レンズ、右はニコンの AF NIKKOR ED 18-35mm F3.5-4.5D というズームレンズを28mm相当の位置にして撮影したものです。

このシグマのレンズは大変明るく、しかも安かったので、発売されるとすぐに買ってきて銀塩時代は愛用していました。
ファインダーが明るいから撮りやすく、何となくニコンの28mmよりコントラストも発色も良いような気がしていたのです。

上の2枚の写真を比べてみると、多少の色の違いはありますが、まあ気にするほどのものではないような気もします。
ところが・・・

画像の左上にハトが1羽とまっていますよね?
そこを拡大してみるとどうなるか・・・



   

この通り!
シグマ(左)で撮ったハトは見事に色が滲んでしまい、像の左右に青と赤がはみ出しています。
拡大してみると、写真の周辺部に写っているものはすべて色が3つに分かれてしまっていることがわかります。
当然写真を大きめの紙にプリントしてみると、これはもろにわかってしまいます。

ニコン(右)の方は一応デジタル時代になってから設計されたレンズなので、色収差はうまく押さえ込んであります。
実は僕自身はこのニコンのズームレンズもあまり好きではなくて、できればもっと明るいものに買い換えたいなと思っています。

僕はかつては単焦点レンズの描写が好きで、ズームレンズはあまり好きではなかったのですが、最近ニコンが発売したレンズのラインナップを見ると、ほとんどすべてズームであることがわかります。
どうも今はズームレンズが標準のようですね。
認識を改めなければならないかもしれません。