2004年 5月30日(日)
トロイ

今日は午後から「トロイ」を見ようと思って銀座に出かけたら、ふたつある映画館はどちらも満員で長蛇の列。仕方なくスターバックスでコーヒーを飲んだだけで帰途につき、そのまま自宅のある駅を通り越して、隣町の映画館へと出かけました。

幸い隣町の小さな映画館はたいして混んでいなくて、余裕を持って良い席に座れました。
結局銀座にはコーヒーを飲みに行っただけという、変な1日でした(笑)

映画の始まる前の予告編で最新実写版の「サンダーバード」の予告が流れたのですが、サンダーバード1号が空中を一直線に飛んでいくシーンで思わず感動してしまいました(笑)
あと3号が宇宙空間に飛び出す場面や現代的にデザインがリファインされた2号の飛行シーンでゾクゾクしてしまいました。
子供の時に慣れ親しんだ映像が現代的にCGでよみがえるのって、かなりしびれますね。
隣に茶髪の若いオネーチャンが座ってポカンとした様子で見ていましたが、お前にゃあわからんだろう、と言ってやりたくなりました(笑)



「トロイ」ですが、以前予告編で見た時には、ハリウッド映画だから当たり前なのですが、台詞が英語なのが違和感があり、何だか安っぽくて期待できそうにないな、と思っていました。

ところが実際に見た感想を言うと、これはなかなかおもしろい作品でした。
このところ駄作が続いていたので、久々のヒットです。
3時間近い上映時間が非常に短く感じられます。

CGを駆使した史劇として最初に頭に浮かぶのは「グラディエーター」ですが、この作品もやはり「グラディエーター」の成功がきっかけになって作られたようです。
この物語のように何万人もの兵士や海を埋め尽くす大船団が出てくるようなスケールの大きい話となると、CGなくしては映像化できなかったとも言えるでしょう。

しかしさすがはヴォルフガング・ペーターゼン監督で、無闇にCGに頼らず、人間同士のドラマや実際に体を使った演技に重きを置いており、かなり見応えがありました。
史劇は今やCG技術というとてつもない武器を得たわけですが、CGも所詮は映像技術にすぎないので、何よりも物語がしっかりしていないと駄目ですね。

俳優陣で光っていたのは何といってもブラッド・ピットで、映画を見る前はこの配役に疑問も感じていたのですが、甘いマスクにもかかわらず生まれつきの殺し屋という設定のアキレス役を実に立派に演じていました。
他の男優、女優陣がこれに食われたようにさえ見えました。
特にブラッド・ピットの戦闘シーンは、殺陣に特有の動きを与えることで、桁外れの戦士であることを特徴付けていました。こういう映像にはCGがスパイスとしてうまく使用されています。

他の俳優ではオデッセウス役のショーン・ビーンが良かったですね。
パリス役のオーランド・ブルームは今回とりわけ情けない役柄でしたが、こういうキャラクターが確立されつつあるのでしょうか?
また大御所ピーター・オトゥールが出ていましたが、ちょっと弱々しく見えました。
女優陣は物語の役柄上負担が重過ぎるようで(歴史を動かすほどの魅力的な美女であることが要求される)、幾分かわいそうに思えました。

物語は個々のキャラクターのぶつかり合いをメインに描いており、有名な「トロイの木馬」のエピソードはそれほど重要な要素にはなっていませんでした。
個人的にはこれほど大きな戦いが、まるで女性のために行われるように描かれるのには、納得がいかない部分もありましたが・・・(笑)

Mrs.COLKIDの評価ですが
「何といってもブラピが良かった。(実はファン) 」
だそうです(笑)

2004年 5月29日(土)
ピクト

注文しておいたチェアが届きました。
ドイツのウィルクハーンという会社の「ピクト」というビジネスチェアです。
ネットで注文しようとしたら、どのお店でも納品に10日かかると言われました。
あるお店で緑色なら在庫があると言われたのですが、どうしても座面が赤いのが欲しかったので、10日間待つことにしました。

ある掲示板で椅子のことを尋ねたら、驚くほど多くの人がハーマンミラー社の「アーロンチェア」を使っていることがわかりました。
けっして安い製品ではないのですが、多くの人にとって、かなりの金額をかけてもいいほど椅子が大切なものである、ということでしょうね。
インターネットをやる人は、椅子に座っている時間が長いのかもしれません。

さすがにこればかりは一度も座らないで注文するわけにもいかず、家具屋さんにでかけていろいろなビジネスチェアを体験してみました。
その結果、アーロンも良かったのですが、僕にはこのピクトの方がしっくりときました。

ピクトはドイツの椅子だけあって、がっちりとしていて質実剛健で座面が硬いです。
アーロンはしなやかで柔らかくて、すっとまっすぐに沈む感じですが、ピクトはほとんど沈み込みがなく、ガツンと硬いものの上に腰掛けたような印象を受けます。

もう少し使ってみなければ何ともいえませんが、今ピクトに座りながらこれを書いていると、なかなか良い感じですね(笑)
長く座っていると硬さが心地よくなってきます。
あらかじめ机を買って、高さ71.5cmに調整して準備しておいたのですが、これともマッチングが良さそうです。

ちなみに下の写真で座っているのは僕ではありません(笑)
ピクトと同じドイツ出身のペッツィというクマです。(Mrs.COLKIDのしもべ)
また、僕の部屋は6畳間でこんなに広くありません。
これは撮影のためにわざわざ一度居間まで運んだんですね(笑)


2004年 5月26日(水)
レディ・キラーズ

ああ、忙しかった・・・
仕事が忙しくて日記を書く時間が取れませんでした。
先日の日曜日に映画を見に行ったのに、それについて書くこともできませんでした。

そういえば映画でも見に行こうかと思ってインターネットで上映のスケジュールを見たら、次の上映開始は何と20分後。
それから大慌てで家を飛び出して、隣町の映画館まで走っていきました。
これまた忙しい話です(笑)


Mrs.COLKIDが見たいというので、トム・ハンクス主演の「レディ・キラーズ」を見てきました。
(これから奥さんとは呼ばずにMrs.COLKIDと呼ぶことにします)

で・・何でしたっけ? そうそう、レディ・キラーズでした。つい3日ほど前に見たばかりなのに、もう印象が薄れてしまいました(笑) その程度の作品でした。
先にMrs.COLKIDの評価を書いてしまうと、「トム・ハンクスの映画はいつも面白いのに、今回は一番つまらなかった」 という大変厳しいものです。

僕の方はというと、そこまで酷評する作品だとは思っていません(笑)
でも本当だったら「小さくまとまった佳作」と呼びたいところなのですが、小さくまとまりすぎていて、佳作と呼ぶにはちょっと力不足かな・・・?

ある種の「格調」を伴った小気味良いコメディを作りたかったのだと思うのですが、コーエン兄弟のギャグが下品で、格調がどこかに吹っ飛んでしまいます。
かなりブラックユーモアの効いた残酷なストーリー展開なので、それをうまく生かせればきっとなかなかの作品になったのでしょうが、アメリカ人が持っている「軽さ」や「能天気さ」がそれにそぐわなかったように思います。
こういう大人っぽい作品を作るのは、アメリカ人にはちょっと無理かな?なんて感じざるを得なかったです。

トム・ハンクスの演技は相変わらず立派なものでした。
この人はフォレスト・ガンプを演じる時も今回のような知性的な役を演じる時も、容姿こそ違え、あの特徴のある目付きはいっしょなんですね。
何か病的な生命力を感じさせる魅力ある目を持った人です。

また劇中、特に教会のシーンで演奏されるゴスペルが良かったです。
これは生で聞きたい!と思いました。
特にこれに関しては、エンドクレジットが流れても映画の最後まで席を立たないことをお勧めします。


2004年 5月16日(日)
ミッシング


映画を見に行った帰りに、銀座の外れにある警察博物館に立ち寄ってみました。
ここには日本の警察に関する歴史的な展示物があり、実銃なども展示されているというので、前々から一度見てみたいものだと思っていたのです。

たしかに拳銃はコルトガバーメントやブローニング、ニューナンブなどが展示されていました。また実際に乱射事件に使用されたライフル銃なども展示されており、何となく薄気味悪い博物館でした。

もっと凄いのは殉職した警察官ひとりひとりの大きな写真がずらっと並んでおり、その時着ていたボロボロになった制服とか身に着けていたライターや万年筆なんかが遺品としてズラーッと展示されているんです。
凄い生々しさです。霊感のある人だったら震え上がってしまうでしょう。

その時は「すげーなー」なんて言いながら見ていたんですが、後から奥さんが「あれはどう考えてもおかしい」と言い出しました。
公務とはいえ国民のために働いて亡くなられた方々なのですから、その方のことを忘れてはいけないということはよくわかるのですが、考えてみればこうまでして展示する必要があるのでしょうか。

警視庁にしてみれば殉職した方の家族のためにひとりひとりを取り上げてあげたい、という気持ちがあるのかもしれませんが、一般の国民からすると警察特有の何だか妙な感覚を感じざるを得ません。

いずれにしてもどこか違和感のある垢抜けない博物館でした。
で、お土産にピーポくんのアクセサリーを買ってきました(笑) 360円でした。




有楽町に映画を見に行ってきました。
「ミッシング」という西部劇で、日比谷スカラ座2でたった2週間の公開です。
たった2週間と聞いて急いで見に行ってきたわけです。

トミー・リー・ジョーンズ、ケイト・ブランシェットという非常にすぐれた俳優をそろえ、監督はロン・ハワード。ストーリーは、娘をインディアンにさらわれ途方にくれた母親が、かつて自分たち家族を捨て長年憎しみの対象であった父親を頼らざるを得ず、共に追跡行に出発するというものです。

家族を別の世界の人間にさらわれてしまい、取り戻すためにどこまでも追跡していく、というストーリーは、かの名作中の名作、ジョン・フォードの「捜索者」を思い出させます。
そもそも「誘拐もの」というのは、最終目的が非常にはっきりしており、かつダイナミックなストーリー展開が期待できるため、シナリオが書きやすいのではないか?ということに気付きました。ましてやワイルド・ウエストのように広大で荒々しい大地が舞台ならなおさらです。

今回の「ミッシング」にはそういうわけで期待大でした。



前半は悪くなかったです。
空気の香りが伝わってくるような寒々しい透明な映像と、それと呼応する残酷な血なまぐさい展開。
フォードの「捜索者」の時も、フォードにしてはめずらしいほどの冷酷さが、映画を非常に優れたものにしていました。

ところがこの「ミッシング」は後半追跡劇が始まると、急に単調でつまらなくなってしまいます。
主人公達が旅に出発し固定されていた舞台が移動しはじめると、なぜか急に演出も展開も息切れしてしまうのは監督の力量不足でしょうか?これだけいい俳優と可能性のある良い設定でありながら、後半は二流のアクション映画のようでした。

相変わらずトミー・リー・ジョーンズは熱演でしたが、対峙する悪役の役者がパワーだけで知性が足りなかったのと、トミー・リー・ジョーンズ自身の役柄も中途半端に人間的でどこか弱々しいのが災いしていました。
原作があるから難しいのかもしれませんが、僕だったら荒野に出た後の父親にはもっと超人的な力を発揮するキャラクターを与えます。

たとえば天才的な腕前のハンターという設定にして、銃を持たせたら驚くべき能力を発揮するような人物であったら、もう少しおもしろい展開が望めたのではないでしょうか?
敵の姿を捕らえたら百発百中絶対に外さない。でも最後は手をやられて大切な武器である銃を失う。絶体絶命のところで血を受け継いだ娘、あるいは孫娘が銃の才能を発揮するわけです。
そして親子の精神的な絆が完全に復活する。
ああ、考えただけでもこっちの方がずっと面白い。
シナリオを書き直してもう一度映画を撮り直したいです(笑)

奥さんもがっかりした様子で「最初はどうなるのかとワクワクしたけど、結局最後はパッとしないで終わった」と言っています。


2004年 5月11日(火)
マクソニックの想い出

マクソニックのカタログが出てきました。
これは非常に貴重なカタログと言えるでしょう。

このカタログを手に入れたのは僕が高校生の時です。
実際にマクソニックまで出かけて、社長さんからいただきました。
どこでマクソニックの名を知ったのかは覚えていませんが、多分何かの雑誌で読んだのでしょう。
電話してみたら試聴させてくれることになり、はるばるマクソニックのある大宮まで出かけました。
駅からバスに乗って埃っぽい道を延々と走って、何だかすごく遠いところだった記憶があります。



マクソニックは正式な社名を「株式会社日本音響電気」といい、昭和7年設立の伝統のある会社です。戦時中は軍用の拡声装置などを作っていたそうです。

マクソニックはウエスタンエレクトリックやRCAの製品を十分に研究しており、通常のアルニコマグネット以外に励磁(れいじ)型という特殊な磁気回路のスピーカーを作っていました。
励磁型というのはひらたく言うと電磁石のことで、専用電源で電圧をかけて磁力を作ります。
特殊と言っても昔は大きな永久磁石が作れなかったので、スピーカーは励磁型であることが普通でした。
つまり昔のスピーカーは電源を必要としていたのです。


  

高校生の僕を出迎えてくれた社長さんは、この生意気な若造に対して実に丁寧に接してくれました。

僕と社長さんの二人は、薄暗い試聴室でマクソニックのホーン型スピーカーを前に並んで長椅子に座り、次から次へとレコードを聞きました。
社長さんは、時に無言で音楽に耳を傾け、時に熱心に機械のことを説明してくれました。
僕の方はというと、実はマクソニックの奏でる「濃い」音にちょっと戸惑っていました。
普段ドーム型やコーン型のスピーカーしか聞いていなかったので、黒い15インチウーファーとホーンから出てくる音は異次元のものだったのです。
何だかモソッとした音だなあと思ったのを覚えています。


<型番の後ろにEXが付くのが励磁型のユニットです。


>励磁型ユニットは専用の電源を必要とします。

あの頃より多少は人生経験を積んだ今、あの時の社長さんの気持ちが痛いほどわかるようになりました。

会社まで訪ねてきてくれた高校生の青年に、自分が長年かけて創り上げた音を聞かせる。
今は理解できなくても、いつかその音を理解してくれる日がくるかもしれない。
ここでの体験はきっと何かを生むはずだ。

社長さんはそう思ったに違いありません。

実はこの日の体験は後々極めて貴重なものとなりました。
それから数年後、日航機墜落事故でマクソニックの社長さんは帰らぬ人となったのです。

事故後、それが原因でマクソニック・ブランドが消滅したことを新聞の記事で知り、僕は慄然となりました。
そしてあの時二人でスピーカーの前で過ごした時間が、いかに大切なものであったかを知りました。

音というものは不思議なもので、記憶にしっかりと記録されることがあります。
僕はマクソニックの音をはっきりと覚えています。
今でも時々「この音はあの時のマクソニックの音に似ているな」なんて思うことがあります。
自分がだんだんとそういう音に惹かれる年齢になりつつあるのも感じます。

そしていつか機会があればマクソニックを使ってみたいとも思っています。
それは単に高音質を追求するオーディオより、もっと深い世界のような気がするのです。


2004年 5月9日(日)
カタログ


相変わらず部屋の掃除は、少しずつ・・極めて少しずつ、進行しています(笑)
僕は元々くだらない物を取っておく性格なので、部屋のあちこちから懐かしいものが出てきます。
その中からスピーカー関係のカタログをここに載せてみましょう。
古いといっても20年くらい前のものが中心になりますね。
僕が大学生の頃です。
それより古いものの多くは残念ながら廃棄してしまいました。
今40歳くらいの方が20歳前後の頃のものですから、懐かしいと思われる方も多いのではないでしょうか?


これは酔っ払うとBBSに遊びにこられる四国の「泥酔マン」さん(笑)の好きなオンキョーのスピーカーユニットのカタログですね。

かつてはこんなに本格的なものを作っていたんです。
こういう技術的な下地があったからこそ、かのGS−1のような凄い規模のスピーカーを作ることが出来たんでしょうね。
その技術力は今はどこに行ってしまったのでしょう?

写真のスーパーツィーターのTW3001の系列は長岡氏が長く愛用されていました。


これは上のカタログの中の1ページです。

オンキョーは当時秋葉原の日比谷線の入り口のそばにショールームを持っていました。
僕はよく学校の帰りに立ち寄って聞かせてもらっていたのですが、今だから言いますけど、あそこの音は悪かった・・・(笑)

オンキョーは完成品スピーカーのカタログでものすごく凝ったものを作っていました。
それを読んでいるうちについ欲しくなってしまい、そのショールームで音を聞かせてもらって、がっかりしてやめた・・・という事が何度あったか。
あれではかえって逆効果でしたよね(笑)


これはいまだに一部に根強いファンがいるコーラルのカタログです。
コーラルも秋葉原の奥まったところに試聴室を持っていました。厚いカーテンで覆われた薄暗い試聴室でした。
当時はスピーカーを自作するとなると、学生レベルではフォステクスかコーラルのユニットくらいしか選択肢がなかったので、何かと聞かせてもらいに行きました。
でも、ここも音はイマイチでした。
ショールームというのは、どのメーカーもまともな音で鳴っていたためしがないです。

これもコーラルです。
ビギナー向けのドーム・ツィーターを使ったXシリーズ以外にも、こういうレイアウトのスピーカーを密かに作っていたんですね(笑)

JBLもどきではありますが、3ウェイのホーン・スピーカーってまとめやすかったのかもしれません。

コーラルの自作向けユニットとしては、ちょっと薄気味悪い色合いでバックロードホーン向けのベータやフラットのシリーズが有名でした。

これはかの有名なゴトウユニットのカタログです。
さすがに学生では手が出ませんでした。
ちょっとレベルが違いましたね。

当時は秋葉原に集うマニアの間では最高峰はゴトウユニットだという認識があったように思います。
せめてカタログだけでも拝ませてもらおうと思って、お店でもらってきたのです(笑)
あまりにかけ離れた存在だったので、僕自身は自分のシステムの候補としてゴトウユニットを考えることはありませんでした。

ご覧の通りラッパ型のホーンが並んでいます。
年上のスーパーマニアの方々から、タールなんかを使ったホーンのデッドニングの方法を教えていただいたのを思い出します。
後藤氏は丸型ストレートホーンを最上のホーンとしていました。
ドイツのホーン型スピーカーが流行ですが、考えてみればとっくの昔にやっていたことなんですね(笑)

一方こちらはもうひとつの雄、YL音響のカタログです。
雑誌に紹介されるスーパーマニアにも、時折ゴトウかYLのユーザーが出てきました。
保守的な方が多いのか、業界では目立ちませんでしたが、これらの会社が成り立つだけの数のユーザーが世の中にいた、ということでしょうか?

このクラスのユニットを使うとなると、「家」そのものの成り立ちから考えないといけないので、一般の人にはおいそれと手を出せるものではありませんでした。
昔の方がすごいマニアがいたんですね。


この左のLH-5っていうのは6つのブロックから成り立っているYL音響の低音用木製ホーンです。カットオフは25HZ。
D-1250という低音用ドラーバーユニットの専用ホーンなのですが、最低域までホーンに持たせるかどうかというのは、クレイジーな領域に飛び込むかどうかの分かれ目でしたね(笑)
家に巨大なコンクリートホーンをこしらえた人もいました。

僕はいつかはオールホーンになることが最終到達点なのだとしたら、家の1階にドライバーを置いて、2階で聞くのかな・・・なんて漠然と考えていました。
今となっては永久にありえないことでしょうが・・・

僕のオーディオ体験は親戚のダイヤトーン2S−305から始まりました。
その後、何本かのダイヤトーン・スピーカーを買いましたが、やがてスピーカーを自分で作るようになり、フォステクス等のユニットを使った自作スピーカーを何本も作りました。

その自作スピーカーから脱却させてくれたのが、DS-505の登場でした。
このスピーカーを聞いたときはガツンと殴られたような強烈なショックを受けました。
当時はまだCDさえ存在しませんでしたが、来るべきデジタルの時代を予感させる音でした。
ちょうど高校を卒業する頃でしたが、親に借金してすぐに購入したのは言うまでもありません。

セレッションの総アルミニウム製スピーカーのSL700は、きわめて革新的なスピーカーでした。

長岡氏や多くのメーカーは、エンクロージャーの板厚を上げることでスピーカーの強度を増していました。
セレッションの理論は、それではかえって強大なエネルギーが板に蓄積してしまい振動が抑えきれなくなる、ということで、材質には薄いアルミニウムを使用し、内部をハニカム構造にすることで強度を上げていました。

付属のアルミ製スタンドは、内部の空洞に付属のじょうご(!)で専用の砂を流し込んでダンプする、という凝りようでした。
スタンドにはスパイクが付属し、点接触で床から持ち上げていました。

こういった事は今のスピーカーでは当たり前のことですが、当時はSL700が「初めてづくし」で、いかに先進的な思想で作られていたかがわかります。

SL700は音色がソフトでクオリティがたいへん高く、どこか禁欲的で知性的な独特のサウンドでした

スタンドのスパイクの穴のねじ切りが不完全で、自分でタップを切り直したのを覚えています(笑)


B&Wは日本ではまだ無名でした。
輸入元はナカミチでした。

秋葉原で801Fを聞いたときはびっくりしてしまい、本気で導入を考えました。
でも当時はちょっと高すぎて手が出なく、仕方なくDM17という同社のエントリーモデルを購入しました。

DM17も十分にすばらしいスピーカーで、今で言うサウンドステージのはしりの音でしたが、我家で音を聞いた人は皆一様に驚き、僕の友人でその後すぐに購入した者もいます。
当時は「高解像度」であることが高音質の代名詞だったので、こういう漂うような音は新鮮に聞こえたのです。

もちろん今のB&Wの方がはるかにクオリティの高い精密な音ですが、当時のこのメーカーのスピーカーはもっとふくよかに朗々と鳴っていたような気がします。
秋葉原周辺の人の間では有名なスピーカーでした。

本当はもっと貴重で思い出のある「マクソニック」のカタログも出てきたのですが、それについてはまた別の日に取り上げたいと思います。
それにしてもこんな事しているから、いつまでたっても部屋が片付かないんですね・・・・

2004年 5月5日(水)
オーシャン・オブ・ファイヤー

ゴールデンウィークなので映画でも見に行こうかと思ったのですが、何だか今ひとつ魅力に欠ける映画ばかりがそろっているように見えます。
連休中は無理に宣伝しなくても多くの人が暇つぶしで映画を見に来るでしょうから、本命の面白い映画は連休の上映を避けているのでしょうか?


とりあえず見る映画は決めずに銀座に出かけました。
ぶらぶらと三越を覘いてから、前にも行ったコカ・レストランで夕食にタイ料理を食べました。

それから向かいのマリオンに行ったのですが、何だか「これぞ」という作品がありません。
マリオンビルの裏側の映画館で「オーシャン・オブ・ファイヤー」をやっているのを見つけましたが、コマーシャルで見る限り、例によってアラブを舞台にした特撮悪霊もののようだし、主演のヴィゴ・モーテンセンもぱっとしないし・・・期待はぜんぜんできません。

ただストーリーをちょっと小耳に挟んだところ、アラブの過酷なレースにアメリカからはるばる参加するカウボーイと彼の愛馬との友情を描いた作品だというので、これはシナリオをうまく書けばそれなりに面白い作品が作れるのではないかという淡い期待は持てます。
監督は「ミクロキッズ」や「ロケッティア」、「ジュマンジ」等で小気味の良い演出を見せてくれたSFXを得意とするジョー・ジョンストンなので、まあまあ見られるかもしれません。
でも主演のヴィゴ・モーテンセンがなんともパッとしないからなあ・・・

ま、たまには作品に期待しないで見るのもいいか・・・と思って劇場に入りました。


ところが!ところがです!
これはかなり面白い映画でした。
ほぼ傑作と呼んでもいいのではないでしょうか?
かなり満足度高かったです。

まずベースになっているのが実話であるということ。
実話というものは(その真偽の程はともかく)フィクションのCG映画とは一線を画すべきものなのに、今回は宣伝の方法が悪いですね。
このパンフの表紙を見るとまるで「ハムナプトラ」の親戚みたいな印象を受けますが、この映画はそれよりはるかに優れた作品です。
実際CGの活躍するシーンは極めて少なくて、CGを一切使わなくても良かったくらいです。

主演のヴィゴ・モーテンセンは相変わらずモゴモゴしているのですが(笑)、この役ははまり役で申し分ありませんでした。
この映画の出演は、非常に優れた乗馬術の持ち主であるという理由で、ロード・オブ・ザ・リングでブレイクする前から既に決まっていたそうです。

脇役も良くて、何とかの名優オマー・シャリフ(!)が出ています。
この人の存在感はさすがで、映画全体を引き締めていました。
しかもそのキャラクターが実に良くて、アメリカの英雄雑誌が好きでこっそり読んでいるアラブの族長の役(笑)
それ以外にもノークレジットでマルコム・マクダウェルやC・トーマス・ハウエルなどが顔を出しており、かなり力の入った作品であることが伝わってきます。

前半はジョー・ジョンストンのきびきびした演出がかえって災いして、ドラマに深みを与えられずに素通りしてしまった感があるのですが、後半レースのシーンになると力に満ちた安定した展開になります。
何よりも馬の疾走というのは迫力があっていいですね。
それだけでCGが裸足で逃げ出すほどのエネルギーを感じさせます。
ストーリーの展開は、一部で非常に評価の高い作品である「弾丸を噛め」を彷彿とさせるものでした。

前半はまさに西部劇で、バッファロー・ビルやアニー・オークレイが出てくるのですが、彼らの生活の場でもあったワイルド・ウエスト・ショーが、最近のアメリカ映画では「堕落」の象徴として登場することが多いのが面白いですね。
この時代にはワイルド・ウエストの時代は既に終わりを告げていて、古いタイプの西部人たちは前述の英雄ものの小説雑誌か、どさ回りのサーカスにしか活躍の場を得られなかったのです。
はるか離れたアラビアで、アメリカの雑誌の影響を受けた族長が、ビル・ヒコックやアープに興味を持つというのはありそうな面白い話なんです。

で、いつものように奥さんの評価ですが・・・

「ヴィゴ・モーテンセンは人間が相手だと全然ダメなのに、ロード・オブ・ザ・リングの化け物や、今回の馬みたいな人間以外のものが相手だと、別人のように生き生きとした俳優になる。一方あなた(僕のこと)は、カウボーイや馬やひげの生えた人(バッファロー・ビル・コディのこと)が出てくるだけで大喜びして、見終わった時の顔が生き生きとして違っている」

・・・だそうです。

多分こっちのほうが一般の人の評価に近いかも・・・(笑)
たしかに僕はバッファロー・ビルが出てくるというだけで興奮してしまいます。
あのオマー・シャリフの演じた族長は、異国の地で情報だけを頼りにワイルド・ウエストに憧れている、僕そのものなのかもしれません。

2004年 5月4日(火)
渋滞

皆さん連休をどのように過ごされているのでしょうか?
僕は栃木にある奥さんの実家に遊びに行き、そこから足を伸ばして那須に行ってみました。
ところが予想していたことではありますが、典型的な観光地である那須高原は、見事なほどの大渋滞です(笑)

僕が行きたかったのは那須街道のそばにあるパン屋さんだったのですが、街道は下までずっと車がつながっており、動く気配がほとんどありません。
この混雑ではパン屋に行き着くのに何時間かかるかわかりません。
途中東北自動車道の上を横切る一般道を通ったのですが、那須インターで降りようという車が道の左側に長蛇の列で延々と連なっているのが見えました。

パンを買いたいだけなのにこれでは堪ったものではありません。
仕方なくナビとにらめっこしながら細くてでこぼこの抜け道をさがして、やっと裏側からお店に行き着くことができました。
本当はこういう細い道は住民の生活空間なので、よそ者が踏み込んでいくべきではないのですが・・・

それにしても皆さんどこに行くつもりで何時間も黙って並んでいるのでしょう?
きっと那須のあちこちに点在する博物館とか美術館、遊園地なのでしょうが、そうまでして見るほどの価値があるのか・・・(おっと、怒られますね・笑)

多分家族と過ごす休日というものは、こういう渋滞も含めて、わいわいがやがやと話をしながら出かけること自体が楽しくて重要なことなのでしょう。
「手段が目的となることを趣味という」と長岡氏が言われておられましたが、そういう意味では僕よりよっぽど進んでいるのかもしれません。
別に皮肉で言っているわけではなくて、正直にそう思います。


カメラを持って行ったのに結局何も撮りませんでした。
渋滞の列を撮っても仕方がないので・・・(笑)
唯一撮ったのが静かな林の中でエミールを撮影したこの1枚のみです。

帰ってからゆっくり地図を見て、渋滞にはまらない近道はないかと探してみたのですが、一度隣接する黒磯市に出てから山の中の細い道を縫うようにして走ると、どうやらうまく行けることがわかりました。
でもものすごい遠回りでそれだけで1時間以上かかります。(なにしろ那須町は日本一大きい町なのです)
こちらはただパンを買いたいだけなのに・・・(笑)

パンを食べるのを諦める、という選択肢も考えるべきですね(笑)