サインいろいろ@
☆ 歴史上の人物・ガンレザー関係者 ☆

 2.ガンレザー関係者

1.歴史上の人物
ジョン・ビアンキ
現代ホルスターの父は気さくなおじさんだ。ウエスタン好きは、写真からも明らか。
アルボ・オジャラ
ハリウッド・ガンコーチとして活躍した全盛期の栄光の写真をずっと使っている。
エドワード・H・ボーリン
ボーリンの名が入った帽子と、借金の借用書。現在は最高級ブランドとして知られているが、当時は大変だった?
フィル・スパンゲンバーガー
ウエスタン・コスプレの元祖で、ワイルド・ウエスト・ショーを再現してみせたりするアウト・ドアー評論家。
バッファロー・ビル・コディの1895年に書かれたサイン。
バッファロー・ビルはショーマンだったので、サインも多く存在する。
かなり気の良いおじさんだったらしく、人にお金を工面してやったり、気前良くパーティを開いたりしている内に、一文無しになってしまったらしい。
愛すべきキャラクターかもしれない。
セオドア・ルーズベルト大統領のホワイト・ハウスの名刺に書かれたサイン。
ルーズベルトのサインも珍しくない。
騎士道精神を持ち、自ら先頭に立って戦った大統領だから、人気は高い。
日本にも理解が深く、カリフォルニアの日系移民排除の法案を何度か通さなかったという。
 歴史的な人物や映画スターの直筆のサインは、それ自体がひとつのコレクションの世界を形成しており、私の本来のコレクションとは少々違う分野のものです。
 しかし、長い間にいくつか手に入れたサインがあります。 私はサインをたくさん持っているわけではありませんが、オールド・ウエストや、西部劇に関連した人物のものに関しては、当然関心があるので、ついつい目が行ってしまいます。
  サインを自分の手に持った時、普段憧れている人物本人が、これを書いたのかと思うと、書いた時の空気感までが伝わってきて、何とも言えない不思議な親しみを体験できます。
 カリフォルニアのハリウッドの大通りに行くと、映画スターたちのサインを扱うお店が軒を連ねています。 私も憧れのスターのサインをいくつか購入したことがあります。
  しかし、これらの製品は要注意です。 私は、鑑定書までついた物を含め、かなりの額をこれらのサインに投資しました。
  ところが、後からサインの専門家と知り合いになった時、私のコレクションを鑑定してもらったところ、彼は申し訳なさそうに、「全部にせ物だね…」と言いました。大ショック!
  ずいぶん高い授業料を払ったものです。
  だいたい20年以上も前に亡くなった人のサインが、まるで昨日プリントしたような新しい状態を維持しているのですから、その時点でおかしいと気付くべきなのです
ハリウッドの大通りにあるスターの壁画。この通りには、スターのサインを扱うお土産屋が多く並ぶ。
 これは私の個人的な見解ですが、カラーや白黒の写真に、青や黒のポスカみたいなマジックで書かれているサインは、ほとんど偽物ではないか、と思っています。
 たとえ鑑定書付きでも、その鑑定書自体が偽物ならどうしようもないですから。 中には、よく見ると「本物と同じくらい価値がある」と書かれており、どこにも「本物である」とは書かれていない鑑定書も多いようです。
 私は、この「にせもの事件」以降は、よほどの確実性がない限り、サインには手を出さないようにしています。
  ここに載せたサインも、多くは専門家から実物と鑑定されたものですが、実のところすべてが本物であるかどうかわかりません。
 考えてみれば、書いた本人でさえ、本当に自分が書いたものかどうか、忘れてしまったかもしれないのですから、今となっては真実は誰にもわからないのかもしれません。
バッファロー・ビル・コディ

 バッファロー・ビル・コディは、若い頃は軍の斥候などをして傑出した活躍をしましたが、以降はワイルド・ウエスト・ショーを率いて、巡業の旅に回ったショーマンです。
 当時でさえ、アメリカ西部は、見世物になるほど辺境の地であり、それ以外の土地の人たちには、血沸き肉躍る「未開の地」だったのです。
  娯楽の少ない時代ということもあり、ワイルド・ウエスト・ショーは大当たりして、「アメリカが誇れる唯一の文化」などと呼ばれました。
 アニー・オークレイなどのスターを輩出し、大酋長シッティング・ブルなどもショーに参加しました。また、ロンドン公演なども果たし大成功しました。 ショーマンたちの派手なコスチュームは、現在でもオークションの対象として高値を付けますし、後のウエスタン・ファッションの基礎になったとも言えます。
 バッファロー・ビルのサインは、かなり多く存在しますが、その割に高く取引されています。
 バッファロー・ビルは、一代で大金持ちになり、アメリカン・ドリームを体現してみせましたが、経済観念の無さがたたり、最後は一文無しとしてさみしく亡くなったといいます。
 現在でも彼の名前からとった「コディ」という地名が、ワイオミング州に残されています。
 「セオドア・ルーズベルト

 セオドアの愛称はテディであり、よくテディ・ルーズベルトと呼ばれます。
  ルーズベルトは合衆国第26代大統領であり、若い頃は自ら銃を片手に荒野を駆け回りました。「最強の国」アメリカのイメージを作り上げた大統領と言われています。 日本と関係の深いフランクリン・ルーズベルト大統領とは別人ですが、同じルーズベルト家の出身らしいです。
 もっともテディ・ルーズベルト大統領の方は、大の日本贔屓で、「武士道」に大変感銘を受けていたようです。
  ニッと歯をむき出しにしたユーモラスな外観から、今でも人気が高く、おもちゃや人形など、ルーズベルト・グッズとでも呼べるコレクター・アイテムが多く存在し、集めている人もいます。私も最近テディ・ルーズベルトのフィギア(GIジョー)を購入しました。
 また1902年に熊狩りに出かけた際、獲物が無かったため、あらかじめ捕獲してあった小熊を縄で繋いで、さあ撃って下さいと大統領に差し出したらしいのですが、後に「かわいそうで撃てなかった」と大統領自身が語ったことがあります。
 この有名なエピソードが、熊のぬいぐるみの名前に使われ、「テディ・ベア」の語源にもなりました。今でもテディ・ベアの世界では、ルーズベルト大統領の人形と、その時の小熊のぬいぐるみとがセットになった製品が時々作られます。
 当HPで、何度か話題になっている人物のサインを中心に、ガンレザー関係者の物を集めてみました。
  ジョン・ビアンキは「現代ホルスターの父」と呼ばれるホルスター界の第一人者です。私は中学生の頃からビアンキの製品にあこがれていたのですが、それを聞いたビアンキ氏は、喜んでサインを書いてくれました。ビアンキ社は、ビアンキ・カップという、史上最高のシューターを決定する競技も開いています。
  アルボ・オジャラは主にTV用のガンベルト製作で活躍した人です。彼も私の稚拙な英語の手紙を読んで、喜んでくれたひとりです。古き良き時代のハリウッドの生き残りでもあったため、よく撮影現場に遊びに行っていたようです。
  ボーリンに関した物では、多分彼自身の物であると思われるネーム入りの帽子と、彼のサインの入った借金の借用書を持っています。帽子や鞍を借金の形として置いていった様です。かなり困っていたのでしょうか。ボーリンにお金を工面してあげた人物のお孫さんから売ってもらいました。
  フィル・スパンゲンバーガーは、アメリカの有名なアウトドアー評論家で、「レッド・リバー」という開拓時代当時のコスチュームを扱う会社に関係しています。雑誌などでよく彼の名前を見かけます。
ホパロング・キャシディのガンベルトを再現した物。アメリカ人には懐かしのアイテムだ。